瑞希は不思議な夢を見た。 その夢は、彼女の目覚めと共に、薄っすらとした記憶とされ、深く残らなかった。特別、夢に関しては如何でもいいのだが、何故か――何処かに惹かれる何かがあったのか、もう一度その夢を見て確かめたいと思った。 ゆっくり上体を起こすと、自分がどうしてこんな時間まで寝ていたのかを探った。 いつも以上に体がだるい。後味の悪い目の覚め方に不快を感じながらも支度をする。机の両隣にかけてあるかばんを取ると、机の中に入れてある教科書を入れていく。そしていすを引き、ゆっくりと歩き出した。 ふあ、と欠伸が出る。 ちょうどその時、同じクラスの男子が入室してきた。横に、小林奈菜。 瑞希はその2人をチラッと見ると、何もないように教室から出て行った。 大祐が教室の電気を一斉に付けると、まぶしいほどの明かりが、教室一杯に広がった。 「ずっとここにいたのかしら…」 すっかり暗くなって、月明かり頼りで無ければ歩けないほど。不気味なほどにひんやりと冷気。 「居たんだろうな。ま、寝てたんだろ」 忘れ物を取りに来たのか、何かの帰りに立ち寄ったのか、大祐は教科書をかばんに入れると奈菜の腕をすぐに取った。小走りで大祐についていく。 大祐は何か頭の片隅に、覚えているようで覚えていない何かを探ろうとしていた。しかし、思い出そうとすればするほど、それは霧がかったように頭から離れていくのだ。 気が付いた時には保健室に倒れていた自分。傍には普段話すことの無い藍川。散乱のように、有川、中山らが横たわっていた。 起き上がった瞬間に、感じた頭の痛み。そして眩暈、立ちくらみ、吐き気。 倒れるまでの記憶は全く無かった。どうして自分が普段向かうことの無い保健室に居るのだろうか。 指から抜けようとしない指輪。 気味悪さは、いつまでも大祐の中に居座っている。
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すっかり暗くなった夜道。瑞希はそっと顔を上げた。 見たことも無いような、真っ赤な月。確かに満月は少し赤みを帯びるが、けれどこんなにも真っ赤になることはあっただろうか? 瑞希は神秘的なものが非常に好きだった。だから、それも一つの異常現象を特別としか見られない。 しかし、それ以前に、彼女は何かを感じ取っていた。 それは自分の興味におけるものだったが、それとは違う、もっと、未知なるモノ…… 「分かるのか?」 ふと、何処からか声がし、じっと目を凝らせるように暗闇に目を向けると次第に姿がはっきりしてきた。其処には、170・・・はあるだろう長身の男が立っていた。自分の学校の生徒であることは間違いないようだが、何か、どこか怪しい。 「誰、ですか?」 瑞希の質問に答えようと、目をそらす彼。しかし再び目線を瑞希に向けると、ゆっくり向かって歩いてきた。 不思議と、恐怖は感じられなかった。 「約束、した。必ず、迎えに、行くと」 一言、一言、慎重に、彼はそう呟くように瑞希に伝えた。 「――ぇっと・・・・・・約束って・・・?」 困惑する瑞希に苦々しい笑みを浮かべる。 「分らないんだ。でも、ずっと前に、君に約束していた」 リン――・・・と鈴虫の鳴き声が、町中に広がっていく。そよ風が2人の間を通り抜けていく。しかし、何が邪魔をしたのか、その風はいきなり強く2人を襲った。 「っ!」 「わっ・・・・・・」 ハラハラ、と、風に乗って落ちてくる木の葉をよけるように、両腕で顔面を覆う。次第に風も弱まると、彼は瑞希の左薬指に収められた指輪に目を凝らす。瞬時に自分にも収まっている指輪の感覚がよみがえる。 「指輪・・・・・・」 呟くように発した彼の言葉に、「え?」と瑞希は彼を見る。 「悪かった、呼び止めて」 彼は非常に穏やかな顔を瑞希に向けた。わずかに微笑むと、背を向けて歩き出した。 瑞希は如何反応して良いのか分からず、ただ立ち竦むしかない状態だった。しかし、彼のそんな行動に思わず声が出るのだった。 「あのっ・・・・・・名前をお聞きしても・・・・・・」 彼は躊躇いなく瑞希に再度顔を向けた。そして僅かに頷いた。 「榊原雄祐」 「さかきばら? ゆぅーすけ?」 雄祐、と名乗る彼はまた頷いた。 何故、如何してなのだろう。こんなにも初対面相手に普通に話せる自分。不思議なくらいに不安がない、恐怖感がない。 不思議な顔で見ていると、彼は戸惑いを見せながら微笑んできた。そして再び背を向け、彼は暗闇に消えていった。
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地に足が着くと、あたりを確認した。草の覆い茂る、何処か、もう使われていない工場の跡地のような所だった。ドラム缶がいくつも散らばっている。あるドラム缶の隙間から、こちらを警戒している何かを感じ取る。小動物。 酷く小さく唸っている。自分がこの地のものではないと、感じたらしい。 ロンは早速キューブを取り出した。もう出番だと感じたらしい、それは、大きな光を放ち始めた。 「デス・メモリー」 それはいくつかの光へと分散し、螺旋を描きながら目的へと向かっていく。 その光の発散に驚いた動物が、悲鳴を上げ、何処かに走り去った。 キューブは徐々に小さくなり、核心のみが残った。それも小さなひび割れと共に、跡形も無く消え、ロンの周りは暗闇が降りてきた。 ため息をつき、その場から立ち去ろうとした時だった。遠く、電灯の下、赤く光る2つの何かが微動さなしに見つめている。 動物、だろうか。――いや、違う。 あの高さ、ユンだ。 そして僅かにその光が細くなったように思えた。 笑っている? それとも睨んでいるのだろうか。 誰が? 「Lana?」 ロンは無意識に右足を前に出した。砂利の音が遠くで聞こえる。影が波のように揺らめく。 「・・・・・・Lana、なのか」 すると、暗闇に吸い込まれて行くようにして、その光は消えていった。陰らしき黒い物体も、背後の樹木と同化するように薄っすらと消えていった。 いつの間にか、ロンの体全身が汗だくになっていた。 |