陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
27.向けられし魔術

 午後4時半を過ぎたころ
 突然、立ちくらみが全生徒を襲った。傍に居た教員らは、異常なまでの光景に混乱状態となり、救急の要請をした。
 救急員が到着する約15分の間、生徒らは何事も無かったかのように目を覚ました。体に異常はない。
 しかし、全校生徒が同時に倒れる事など不思議である。
 そして、生徒の多くは、倒れる10分前の記憶をほとんど無くしており、小さな混乱を起こしていた。
 けれど、それも次第に薄れていき、約30分後には普通の日常と変わりない形となっていた。学校内では怪奇現象の一部として、口を閉ざすのだった。

 しかし、それはそれだけでは済まなかった・・・・・・


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 第4太陽系
 管理 バヌーヌ

 闇に包まれ始めた其処では、慌ただしい空気が漂っている。
 一つ、惑星が爆発を起こし、消滅した。
 それを聞いた青年は、ただちに宮殿へと急いだ。道のいたるところで立ち話をしている者の体を退けながら、ある場所へ目指していた。
 青年の姿を見るや否や、深々と礼をするものも少なくない。それに対応するまでも無いというように、青年は駆け足で向かっているのである。これでは長いこの廊下から目的地である宮殿に着くのに後20分はかかる。
 青年は禁止とされている飛行で向かうことにした。至る所に感知器が付いているのだが、飛行しているその間に引っかかることは無かった。
「・・・・・・レイリオ、すまない」
 レイリオ・ユンテラ・リ・ア。この宮殿の管理神。逆らうものは容赦しない。美しき微笑みの裏に隠されたあのおぞましいオーラ。青年と、レイリオに関わるもの全て、レイリオの裏の姿を知っている。
 そんなレイリオが、自分の、いや、この太陽系の危機を感じ取り、自分に対しての許可を下してくださっている。
 一刻を争うかもしれない。
 そして
 惑星への小惑星衝突により、空間のずれが生じた――
 胸がうずいた。何かがおかしいと感じた時にはもうすでに遅いとも、分かっていた。しかし、自分の思っているより事はそれほど速く動いていなないように思える。
 其処について、その者を見るまでは自分の気持ちはひとつしか見えていなかった。
「レイリオ、失礼する」
 敬礼をすると、まだ自分を見ぬレイリオのそばに歩み寄る。
「私は、急ぎすぎていたのか」
 青年の声に応じたそのものが、ゆっくりと瞼を動かす。ゆっくりと目を動かすと、視界に青年が映った。
 顔をその者に合わせると。腰まである黒い光沢のある髪が、肩を伝いさらさらと流れ落ちる。微かに瞳が揺れ動く。
『やはり、無理だったようだな』
 僅かに開かれた唇から、その素性に似合わぬテノールの声がレイリオから放たれる。青年は一礼をし、さらにレイリオに近づいた。
『ロン・ティグリス。直に向かえ。僅かにずれを感じる。もしこのまま放って置くと、どうなるか・・・』
 ロン・ティグリスと呼ばれたその青年は、僅かに目を光らせた。自分の推測が正しいものだと確認した。レイリオは、右手に持つ杖を使って、床を軽く叩く。目の前のスクリーンに映し出される、この空間外・・・宇宙。そして、画面は徐々に太陽系惑星に近づいていき、それが大きく表示される。
 今回最も被害を受けた「第7太陽系 地球」だ。彼らは地球をこう呼ぶ。
 裏地星 と。
 その周りを一周すると、スクリーン隅々に、小さく文字が表示される。
 その文字を一つ一つ確かめながら、ロンは生じたずれを計算していた。僅かに軌道からずれてしまっている。
「ここまで、酷いとは・・・・・・。レイリオ、表地星への影響は」
 レイリオは持っている杖を、僅かに上へずらした。そして、ニッポンと呼ばれる地をスクリーンが映し出すと、ある地方に止まった。ルシファー達のいる香坂市内。ロンは昔、何度も行った覚えのあるその地を、懐かしみながら見つめた。しかし、やはり当時の面影は一切無く、冷たく頑丈な物質で作られた建物が多く見られる。
 文明の、進化、と言うべきだろうか。
『全体に降りかかってはないようだな。しかし、一刻を争う。すぐに地星に向かってくれ。このままでは、地星に行くことも困難になる』
 焦りから舞い上がっていたのか、高鳴る心臓と隣り合わせにあった気持ちは、次第に落ち着きを表情一つ変えることのないレイリオの近くにいることで、沈み始めていた。
「初めてです。惑星一つに、こんなずれを生じた事柄に直面したのは」
 ほんの少し、レイリオがロンに顔を向けたが、すぐに反らした。
『“何も無かった”から良かったものだ。私はジュラの下へ向かう。その間に地星に向え』
「記憶を戻すと言うのか」
 2人の頭上から、言葉と共に、ゆっくりと老婆が姿を現した。ロンは老婆の存在に気づいていたのか、驚くことなく冷たい瞳を向けていた。
 ジュラ・リ・アルバ。一種の魔法使いのような存在だ。
「混乱状態に陥るかも知れぬことを、理解できぬか」
『申し訳ないが、ジュラ。記憶の操作というのはそう容易いものではない。それをお前は分かっているはず。
 一つ願いがある。勝手な行動は慎んでもらいたいのだ。そなたの術の使い、許可はまだ下されていない筈だが』
「おぅや、いつ私が術を使ったと言うのだね」
『惑星衝突の意図を考えたら分かる事』
「ケッケッケ。考えが早い事は認めたいが・・・・・・」
『意図的か分からぬが、そなたはもう自らの行いを口にしている。余計な事は謹んでもらいたいのだが・・・・・・ここまで言っても分からぬか。そなた、何が目的か。それとも、罪を犯すことに慣れてしまった可哀想な ※ユウでも演じたいか』 ※ユウ・・・地球で言う「人間」
 レイリオに背を向けた状態で、ジュラは皮肉な笑みを浮かべた。レイリオは、直接は見える位置ではないが、今までのジュラの行動より、状態は理解できた。
 口角を上げ、レイリオは背後にいる見えぬ相手に少し顔を向けた。僅かに開かれた口から、黄色の歯が見える。
「ロン。向かえ」
 レイリオの言葉を合図に、ロンはふと我に返ると、三日月のように開かれたジュラの目とレイリオの顔を交互に見、退室した。
 もし合図が無かったら、ずっとあのままあの部屋にいたのだろうか。
 “ロン、飛べ”
 行き成りレイリオの声が頭の中に響いてきた。驚いて、その弾みで空中飛行する。
 いつもの倍の速さで移動していると、見慣れた姿が映った。その者はロンの気配に気づき、「あっ」と小さく声を漏らす。急ぎ飛びすぎたロンは、2メートルほど離れた所に着地。駆け足で近寄る。
「ティン」
 ティン・アルファガス 太陽系を飛び回り、管理の手伝いをしている、守護神の一人。レイリオのような責任感の強い位に立つ事を望んでおり、時折レイリオの近くにいるロンに話しかけたことがきっかけで、2人は親しみのある関係へと変わっていった。
「ロン。言っていたとおり、ルシファーの寝室でこれが」
 右手の中に収められていたのは、小さな銀の笛の形をした棒だった。
「これが戻ってきたと言うことは・・・・・・」
「ルシファーに何かあったか、もしくは部外者の合図。あと一つ考えられる事は――」
「何だ」
 ロンは先を急いだ。
「悪夢の予感」
 ティンの口からその言葉が出てきたとき、ロンの瞳が怪しく揺らめいた。
「ティン、私は地星へと向かう。『レイリオの傍に居る者』として、お前を選びたいのだが、どうか」
 僅かに、見開かれる眼。「私が・・・・・・」と小さく呟く。「確かに私、お傍に付きたいと思っておりましたし、お力になれること、うれしいです。でも、私よりルーピナの方が能力・・・・・・術に優れています」
「確かにお前より上のルーピナの方が力は上だ。しかし、レイリオは、ティンの実力を認めていらっしゃる。自信を持って、力になって差し上げてほしい。時間がない。頼んだ」
 ティンの目にはまだ迷いが感じられた。しかし、ロンは力強い眼差しを向け、薄らと微笑みを浮かべ、消え去った。同時に体に緊張が走ると、ティンはレイリオのいるその場所へと向かうのだった。

 天王星を通り過ぎようとしているときだった。ひとつ、レイリオとの約束を思い出し、右の掌を向けた。3平方の黒い角のキューブ。中に小さな核心が鮮やかに光っている。その周りに毛のような模様が、形を変えながら放たれている。
 あの飛行時に、レイリオと通信で交わしていた。
 彼らにこれを翳しておくこと。
 何のために使うのかはわからない。理由を言わないことが、珍しかった。いや、初めて、だと思われる。
 “デス・メモリー”
 そう唱え。
 言葉の意味はわからない。地星のある国で使われている言葉、だとか。
 掌で軽く浮いているそれを再び体内へ納めると、速度を上げ、向かった。その刹那、右手に小さい光が過った様な感じがした。ロンは目を細めると閉めていた唇を軽く開けた。
「星が消えた、か」

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