「どうしよう……」 入っていたはずの大切なものを、大切な日に…しかもその日が今日。 どこかで落としてしまった。 「タクヤ……あと30分しかない。探さなくちゃ」
置忘れだったらいいのに……。 落としたとなると、どこで落としたのかも、わからないのだ。 情けない…。涙が出てきそう。 「泣いちゃいけない。自分が悪いんだもん。とにかく探さなくちゃ」 バッグの中をもう一度探すが、やっぱり無い。 錯覚じゃない。ということは、道端? でも…落とすようなことは無かった。 すると、バッグの中から携帯が鳴った。 相手は…タクヤだった。迷っていると、切れてしまった。15秒の呼び出し。 数秒して、再び鳴る。震える手で、ボタンを押すと… 「綾乃? 俺だけど、忙しかった?」 「う、ううん。そんなこと無い。ごめんね、さっき出られなくて」 「気にすんな。どっかで待ち合わせるか? 俺まだ仕事終わってないんだ。済んだら連絡入れるけど……」 「うん、待ってる。いつものカフェで良い?」 OKと聞こえ、電源を切る。
何度、探さなくちゃと言っただろう。 辺りは暗闇に包まれつつあった。 あの電話の後もずっと来た道に沿って探している。 足元が真っ暗。ハイヒールをはいた足が痛みだした。 タクヤに、ごめんと謝ろう。
約束のカフェの扉前。うかない私の顔は、うつむき加減。 目から暖かなものが落ちるのを堪える。 肩をポンとたたかれ、振り返る。 「遅いじゃない。はいろっか」 懸命に涙を堪え、タクヤに微笑みかける。 最初はタクヤの反応に何も思わなかった。でも、どこかおかしかった。それが何なのか、全然わからない。 いつまで経っても、動こうとしない。 「タクヤ? どうしたの?」 少し不安になる。もしかして、ばれてる? 指輪をはめていない事。私は左手の指を必死に隠していた。
「え――――!?」
タクヤは私に覆いかぶさってきた。 自分を隠すために掛けているサングラスを外すと、きれいな深い緑色の瞳が見えた。 タクヤはそのまま私の唇に口を合わせてきた。 「んっ…」
カチャ…
何かが当たった音…… (な…なに…?!) 私の抵抗が空しくなってくると、私の唇を割って、タクヤの舌が入ってきた。 それと同時に、何か硬いモノが入ってきた。 その瞬間に、タクヤはゆっくりと私から離れた。
状況がわからない私は、静かに、口の中のものを理解する。 口の中のものを、手のひらに収め、ゆっくりあけると、探していたものを見つけた。 「ごめんね、タクヤ…」 涙が流れてきた。拭おうとしたら、タクヤはくすっと微笑みながら指ですくってくれた。 「学校の机にあったよ」 「そうだったんだ。よかったぁ…。あ、サングラス掛けないと…」 タクヤはサングラスを掛けなおすと、私の肩を抱いてきた。
「まったく。あの時電話に出なかったのは、それを恐れてたからだろ」 なぜ、そんなに勘がいいのだろうと、不思議なくらい、彼はすごいと思った。
「愛してるって言っただろ? …ただ、本当に失くした時は、お前を抱く」
笑いが出てきたけれど……
「それは、ちょっとヤかな……」
私は薬指にそれをおさめ、タクヤの腕に腕を絡ませ、記念日の道を歩いた。
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