陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
8.少女の腕試し

 ふと頭上の時計に目をやる。あと20分で3限目が終わる。
 初めての授業サボりは、瑞希も沙紀も後味すっきりしない気持ちだった。
 たとえ嫌いな授業であろうとも、出なくてはいけないのはいけない。
「仕方ない。あの、もう使われてないパソコン室に行きましょ。きっとデータがあると思うわ。それに、大祐と賢一が先に行ってるみたいだし」
 有川は興味示した本を数冊手に持ち、席を立った。
 瑞希は何となく自分の指輪に目を向けた。すると、あの時と同じ光を放っていた。少し弱かったが、それは徐々に強くなりつつある。
「有川ちゃん、沙紀。指輪が……」
「光ってるわ……」
 沙紀が自分の指輪に目を向けた。続いて有川も。
 そしてあたりはあの時と同じ、暗闇化した。しかし、あの時と同じではないのが、一瞬にして暗くなっていった。
「また、真っ暗……」
「光が欲しいわね」
「でもどうやって?」と瑞希の声が聞こえ、有川がじっと考える。
 百面相を繰り返しながら、有川は色々と試行錯誤をする。
「瑞希!」といきなり肩を掴むと、万遍の笑みを出す。それに少し青ざめる瑞希。
「看護するから、祈ってみて?」
「えぇ!? 嫌だよ……あの時は小さな光だったから未だしも・・・かなりダメージ食らうんだよ?」
「だから……ね? 看護したげるから」
 有川の、なんとも言えない申し訳ないという言葉と、面白半分が含まれた言葉の色に、瑞希はため息をつきながらあの時のように祈る。
 ――光が欲しい そう瑞希が心で唱えると、指輪は光りだした。その光は途轍もなく強い光で、有川と沙紀の姿を万遍なく照らしていった。
 またあの時の静かな時が流れる。今まであった生徒の声、先生の声、小鳥の囀り。何もかも聞こえなくなった。
 沙紀は光を頼りに、窓に近づき、鍵を開けようとした。そして窓枠に手をかけると、ピクリとも動かない。
――やっぱり、幻なんかじゃない。夢なんかじゃない。
 皆いっせいにそう心の中で言う。そしてお互いが顔でお互いを確認しあうと、頷き合った。
「あのさ、この責任、有川ちゃんだからね! ちゃーんと取ってよね?」
 少し息が上がってきているのを、2人は確認する。
「分かってる、分かってる。看護したげるっていったでしょ。さ、あんたが倒れないうちに、色々調べましょ」
「倒れない内って……もう」
 呆れながらも、行動に移る彼女たち。再度室内を念入りに確認し、安全な場所を確保する。何か武器として使えるものも準備する瑞希たち。
「またあの化け物が現れるのかしら……」
 ため息混じりに有川が言う。
「ま、少なからず、襲ってくるんじゃない?」
「今回も指輪を頼るしかないんだね」
 不安げに呟く瑞希の頭を、有川は優しく撫でた。
「賢一たちが、心配だわ」

* *

 少女は左手に持つ長い棒を、円を描くように回す。鈴の擦れた音が、廊下に響き渡る。
 暗闇に浮かぶオーラが、少女を包み込む。
「まずは、う・で・だ・め・し」
 軽く微笑み、彷徨っているだろう彼らを思い浮かべる。
 少女は杖を強く握る。すると杖の先にある珠が、薄暗い赤から鮮やかな暁へと変化し、光は巨大化していく。やがてその光は、廊下中を、教室全体を、建物全体を覆い隠していく。
「待て!」
 少女はハッとし、自ら顔に影を作る。そのせいで、向こうは一体何者なのかが分からない。
「誰だ、お前……」
「……」
 姿を現したのは賢一だった。右手の人差し指にはめた指輪を摩りながら、相手の正体を確かめる。
 しかし、少女は何も言わない。
「何が目的だ。……お前がしたのか? お前、何者だ? 宇宙人……か?」
 自分が宇宙人の存在を否定しているあまり、そういうことを聞く事に少々の躊躇いが出る。しかし、それでも少女は答える事はない。ただ、少しの反応を示す。顔を下げ、ねっとりとした笑みを浮かべる。そして持っている杖を横にして賢一の前に差し出す。賢一は危機を感じ、身構える。
「レ・リーズ」
 “封印解除”
 少女の握っている部分からまた光の珠が現れる。賢一はさらに身構えた。その珠はゆっくりと賢一に近づいていく。そしてそれは巨大化していき、賢一をあっという間に包み込んだ。「わっ」という大きな声も、まるで壁が出来ているかのように、その声は光の外側に反映しない。賢一は眩暈がし、その場にゆっくりと倒れこむ。
 少女はゆっくり賢一に歩み寄る。
「悪いわね。今正体突き止められると大変だから。もう少し……ね」
 優しい言葉とは裏腹に、冷酷な瞳を向ける。少女は杖についてある玉に手を触れ、少女の触れた玉は次第に光を失っていく。
 そして杖は跡形もなく消えていった。

* *

「うぅ……」と唸り声を上げながら、賢一はゆっくりと重たい瞼を開ける。
「気が付いた? 照美さん、気が付いたようよ」
「中原……ここは――保健室?」
「えぇ。ちょっと色々あって……ね」
 首もとをかきながら、どうして自分がこんなところに居るのかを懸命に思い出そうとする。
 しかし、覚えているのは、少女らしき影と、皮肉な笑みだけだった。
 賢一は頭を軽く振ると、何かがおかしいと思い、もう一度当たりを見回す。
「明るい?」
 室内の異様な明るさに何か記憶の断片的なものが蘇る。
 しかし、思い出そうとすると、賢一の頭に割れるほどの頭痛が襲ってきた。
「はい。飲める?」
 黒の小さなお盆を手に、沙紀は程よい冷たさの水を賢一に渡す。ゆっくり飲むと、沙紀は賢一の様態を目で確認して去ろうとした。
「中原!」
 不意に呼び止められ、ケロッとした顔で沙紀は振り向いた。思いつめた顔で賢一は沙紀を見返す。
「どうしてこんなに明るいんだ? あの時の奇妙な状態だろ?」
「瑞希が明るくしたのよ。明るくしてもらった直ぐに色々調べていったんだけど、やっぱり体力が持たなくてね。でも、凄いわよね、よく分からないけど、思うだけで、願うだけでこんなに大きな力を発揮するなんて……」
 賢一は沙紀から目を離し、少し考え込むようにして顎に手を置いた。沙紀はチラリと横目で賢一を見つめる。
「これ、さ、あの暗闇の事もだけど、ぜんぶ“あいつ”がやったって事は、ないよな?」
 言葉を詰まらせながら、言葉を選びながら賢一は発した。
 沙紀はつまらなさそうな瞳で今もなお見つめ続ける。
「バカな事考えないで。もし敵味方が居たとして、暗くする目的があるのに、直ぐに明るくするなんて、おかしい話でしょ? それに、瑞希は明るくしたあとに気を失って・・・きっと精神の使いすぎだと思うけど、倒れたのよ。そんなことをしてまで暗くしたり明るくしたりするかしら。珍しいわね。彼女を好きなくせに、疑うなんて
疑うなら恵美子さんか小林さんよ?」
「……」
 恵美子。その沙紀の一言で賢一の眉間がピクン、と動いたのを、沙紀は確認した。
「……皮肉かもしれないけど、私、貴方が今恵美子さんと距離をおいてよかったって思ってるわ」
「えっ……」
「貴方、まだ瑞希の事引き摺ってるんじゃない? まぁ、あの子鈍感だから結構難しい面もあるけど、それでもアピールしようとしている貴方を恵美子さんは見ているのよ?」
 賢一は黙り込み、ぐっと唇を噛み締めた。
「さっき、名前を言ったとき、反応したわよね。どっちの名前に反応したのかしら?」
 沙紀はその回答を求めることなく、賢一から離れた。

* *

 一方、別室では有川と瑞希が談話していた。有川は頭を悩ませながら、賢一と恵美子の事柄を簡単に説明した後、恵美子から聞いたことをきれいに説明した。そして、瑞希に問い質した。
 “キス、したって聞いたんだけど……”
 瑞希は事の状況を何とか判断し、恋愛関係は無いこと、賢一自身もかなり悩んでいると思う、と話した。
「じゃ、キスじゃないって事?」
「……キスって。まぁ、上から見てたらキスと間違えられてもおかしくないんだけど。ほっぺを摘まれただけだよ……」
 あの後15分も経たない内に倒れてしまった彼女。そして3時間後目覚めた今も、体が思うように動かなかった。腕はもちろんの事、かろうじて指が数ミリ動くという状態。
 有川は瑞希の体を摩りながら会話を進めていた。
「何、有川ちゃん……キスして欲しかったの?」
 拗ねたように睨み付ける瑞希を相手に、有川は苦笑の笑みを浮かべる。
「違うわよ、そんなんじゃない。恵美子がね、かなり真剣に悩んじゃってて……」
「大丈夫だよ。賢一さんはちゃんと恵美子さんの事考えてるもん。
それより、武田君は如何?」
「未だ見つからないらしいわ。いま、恵美子が探してる」
 そう、と瑞希の声が嗄れると、有川は面白おかしく微笑んだ。折りたたみの椅子をミシッと音を立てながら足を組みなおす。
「何、おかしい事言った?」
「おかしいというか……大祐の事そんなに気になるんだなぁって」
 明るみを帯びた髪が、サラサラと肩を伝い流れ落ちた。
「そんなんじゃ……」
 瑞希は顔を背けた。
 有川のその髪の美しさを何度も目の当たりにしたはずなのに、瑞希はそれがいつになっても慣れないくらい美しいものだと感じてしまうのだった。自分もそんな有川の髪に憧れを抱き、伸ばそうと必死でいる。しかし、到底叶わない彼女の魅力。
 当たり前だ。未成年が成年女性に叶うはずがないのだから……
 いつの間にか身に付いてしまった嫉妬心。
 いつも保健室に来ると、必ずと言っていいほど大祐が入室していた。別に彼女自身彼が目当てで来ていたのではない。しかし、クラスでの噂が、彼女の気持ちを抑えることが出来ないようにしていたのだ。
「ま、ゆっくり休んでなさい。とにかく休まない限り貴方は動けないんだから。何かあったらその青のボタンを押しなさいね」
 辛うじて動く右手の人差し指と親指。その間に工夫して置かれたボタン。
 瑞希は軽く頷くとまた眠りに落ちてしまった。

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