陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
7.不透明な手掛り

 4限目にある体育に、いつもの事ながら、小林奈菜は暑苦しいジャージを羽織っていた。
 体の弱い美少女、という愛称で知れ渡り、誰が見てもその白さは透き通るくらいの透明感をかもし出していた。
 広さは狭いところで12畳、広いところで18畳ほどある、体育館下の更衣室。夏は涼しく、冬になるととても寒いこの場所は、ユーレイの噂が立ったほどだった。噂というより、出てきそうだ、気味悪い程度のものだが、それでもその薄気味悪さはどの季節に入っても同じものだった。
 ロッカーはカラーボックス式になっていて、それが縦に6つ並べてある。横は端まで置かれている。約2センチの厚さ。木か、もしくは頑丈なプラスティックで出来ている。叩けば硬く乾いた音が、その一つのボックスの中でつまらない音を出す。床はコンクリートで出来ていて、縦30センチ、横は奥まで続いているベニヤ板が敷かれてある。その上で皆、着替えるのだ。
 薄くカサブランカのプリントされたバッグを、そのボックスに入れる。他の人はもう出て行ってしまった。
 すると、遠くでドアの開く音がした。
 なんだろうと振り向くと、瑞希と沙紀が顔を出してきた。2人ともまだ着替えが終わっていない状態だ。
「今から着替えますの?」
 奈菜の問いかけに、瑞希が答える。
 いつもなら2人とも、もうすでに着替え終えている。そんな彼女たちに不審を抱いた奈菜。
「あ、えっと……着替える、振り。折角の2時間だから、その2時間を有効利用できないかなーって」
 瑞希は片手に持ったバッグをボックスに入れる。
「あの出来事がどうも納得いかないし。変な記事の新聞が見つかるし、絶対に何かあるんじゃないかなって沙紀と相談して。それにもし、幻だとしたら……」
 そしてその時、大祐の言ったセリフを思い出す。
 イリュージョン……幻
「だとしたら、複数で同じことが起こったとしても、共通点がありすぎだし。皆同じものを見てるから」
「武田くんも、そう言って探しに行きましたわ」
 そう奈菜は言うと、バッグの中からノートとシャープペンを取り出しそのまま更衣室から出て行ってしまった。
「小林さんも、ご一緒のようね」
 と冷たい目をドアの向こうに向けながら、沙紀が喋る。
 沙紀の瞳に隠された気持ちを、彼女は知っていた。

* *

 3階にある、薄暗い、もう使われていないと思われる図書館。その使用状況を物語るかのように、全ての本に、年代を感じさせられる布や埃、難しい言葉を並べた文章や、現在存在しない生徒の名前が記されてあった。
 しかし、どうしてそれがそのまま、大切に保管してなかったり何も撤去のないままに置かれてあるのだろう。
 そんなことを考えながら有川は、そこに何か情報はないかと各本棚に置かれている本に、目を走らせるようにして各題名を確かめていた。
「あるわけが、ないわよね。でも、新聞記事にも載ってたくらいだもの。このどこかに、何かないのかしら……」
 あるファイルに手を置いたときだった。何かがまとわりつく感覚に襲われる。その感覚に、有川は顔をしかめた。しかし、それから保護するように右手の薬指につけられた指輪が、パシッと音を立て光を出し、そしてそれはその光によって消え去った。その瞬間に、落としてしまった本は白紙のページを開いている。試しに他のページを流れるようにして捲っていくが、何も書かれていない、『白い本』というべきか、何と言うべきか。
「この本に、何があるのよ……」
 と溜息をつきつつも、それに再度手を伸ばす。自分のみに何が起きようとも、お構いなしの有川は何の疑いもなくその本をペラペラと捲る。しかし、捲っていっても、特にこれだと言うようなページは見つからない。一体あの光の根源は、何処からと思い本を閉じた時、表紙に何かを感じ取る有川。
 表紙は群青色の硬い布で覆われている。4本の指で何か分からないかと、少しの好奇心で表紙をゆっくりなぞる。
「六芒星……意味ありげねぇ。でも」
「有川ちゃーん!」
 廊下から瑞希の声が聞こえ、有川は手に持っていた本を、本棚にしまった。
 別にこの本は何でもない、ただああいうオーラがでてきただけだと分かったらしく。あの時のような異次元の物ではないと、感じ取った有川。
「貴方たち……授業は出なくて良いの?」
「良いじゃん。たまにはサボっても。それに遊びでサボるわけじゃないんだし」
「ある意味、遊びだと思うけど?」
 有川の冷ややかな目が、2人を突き刺す。しかし……
「呼んだのはそっちでしょ?」と瑞希は上目遣いで有川を睨む。

* *

「ふぅん。だからこの場所を選んだんだ」
「そ。かなり古い書物があるから、ここだったら手がかりが掴めるかなって」
 有川と瑞希が本を探しながら歩いていると、沙紀は何十にも山積みにされた新聞紙を持ってきて、ビニール紐を解いた。
 あちこち黄ばみと痛み、字の擦れで読むのがやっとの状態。
「それだったら、新聞を探した方がいいと思うけど? あと、これらはきっと当てにならないだろうから、簡単に年代と月日を探して、パソコンを使って出したら早いと思うわ。この香坂高校限定で調べたら見つかるんじゃないかしら」
「でも、だったらこの図書館にある本を探して、そこから詳しい事を……」
 沙紀は冷めた目で瑞希をチラリと見る。
「バカね。あんな奇妙な体験を書いた書物があったとしても、どこの出版社が販売、本の製作に力を貸すって言うのよ。しかも学校教材の一環でもあるんだから、そんなばかげたような話を置くわけないでしょ?」
 有川はさっき手に取って収めた本を思い出す。
 何とも無いと思っていたけれど、どうして白紙の本を置いてあるのだろうと改めて疑問を抱いた。
「そうでもないみたいよ」
 有川は立ち上がり、あの時の本を持ち出した。
「こんな本、あると思う?」
 1冊の本を机に投げ置き、それを瑞希と沙紀は凝視する。
「普通じゃん」
 瑞希は手に取り、裏表紙を交互に確かめる。沙紀は椅子に座ったままその本を見つめている。
「中身よ」と助言する有川。瑞希は有川の目を見て中を開く。
 パラパラと捲ると、そこは永遠に続く白紙。ついに最後になったとき、1枚の新聞の切れ端らしき物が挟まれてあった。瑞希はそれをとり、ゆっくりと開いた。何か文字が書かれてあるものの、時間の経過により殆どの文字が消えてしまっていた。唯一見えたのは「香坂高校」というこの学校名。
「ネットで検索したほうが、早いのかも」
 一人小さく呟いたのは、瑞希だった。

* *

 薄暗い室内には、何十台ものパソコンが置かれてある。
 「パソコン室」と呼ばれるこの教室。2部屋あり、一つはここ。もう一つは向かいの教頭にある。ここは全て昔の古いデータしか残っておらず、進みも悪く、時々エラーメッセージが入るといった不調が見られるため、使用禁止となっていた。
 しかし、学校に関するものは、古いものはここにすべて管理されており、しかし、誰も使わない事から50台ほどあったパソコンは、今は20台ほどになってしまった。それでも何かの用途で使用するものは多く、学校の開いている時は殆ど使用可となっている。
 そこに目をつけた武田大祐は、校長、副校長、事務員が少し使っていて、しかしもう使われる事がなくなったという3台のうちの1台を起動する事にした。しかし、起動時の音が、もう年代物だと思わせるほど悪くなっていた。それでも辛うじて動くパソコンに、彼は変な気持ちで感謝した。
 黄ばんだキーボードの上に手を置き、まずはあるだけの情報を集める事にした。
「大祐、そっち動くか?」
 検索途中で賢一に話しかけられ、パソコンをそのままにし応答する。
「動くけど……?」
 しかし、その応答に全く動じない賢一。何か胸騒ぎがし、大祐は椅子から立つ。
「賢一さん! どうシ……」
「あ、悪い。ほら、結構古いからさ、動いてるか心配になっただけだ」
「だったら応答くらいしてくれって……」
 ため息をつき、再び椅子に座る。丁度よく検索が終わっていた。
 一つ一つ窓を開いては、小さく注意しながら文章を確認していく。
「なぁ、印刷できんのか? これ」
 鍵盤を手馴れた手付きで叩く。画面に現れる文字は、年代的に古いからなのか表示が遅い。
「出来るんじゃね? やってみるか……」と大祐はプリンターのスイッチを入れる。静かに起き上がると時々破裂音のような鈍い音が鳴り、それを聞くだけでもそわそわしてしまう。無断で使用可だとしても、学校内部の情報を調べている。何時誰が来てこれらを目撃されたとして逃れられるだろうか。年代物という事もあり、個人情報なども放置されているだろうと、かなりの緊張感を必要とする。
 もし、何かをやってしまったら……。
 それだけでアウト。
「「何を、どうして調べているか」」
 それを答えると……信じてもらえない現実が待ち受けている。
「しかしさ、防犯設備、整ってたんだな、ここ」
 賢一の声に、大祐は画面から目を離す。
「え?」
「当時としては結構するだろうよ、この監視カメラ。もう使えなくなってるけど」
 賢一はカメラをゆっくり取り出し、スイッチを入れたり色々なボタンを押したり触ったりしているが、何の反応も無い。力をなくしたプラスティック部分が所々破損している。
 今では考えられないほどの大きさ。家庭によくある防犯用カメラの大きさだ。今ではきっと棒状だったり、豆電球のような大きさの物だったりするだろう。
「でもさ、学校に防犯か?」
「普通だろ?」と賢一。
「考えてみろよ。今では普通だけどさ、その当時にしちゃ、大げさじゃねぇか」
「生徒の使用は禁止されてたとか?」
「以前は50台だぜ? 先生の数はもっと少ないだろ……」
「それもそうか」と賢一は手に取ったカメラをじっと眺め、元の場所に返した。
 そしてそれからだった。
 賢一の指輪が光ったのは。
 しかし双方とも、その光には全く気づかなかった。
 賢一の指輪は、ズボンポケットの中に入っていた。

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