陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
4.念気

  静かな廊下は、3人の足音でバタバタと響き渡っていた。
 どこまで走っても、集団は追いかけてきていた。最早、学校という感覚は無かった。
「凄い真っ暗ね」と恵美子。
「普通は少しの明かりがあってもおかしくないよね」
 不思議に思い、ある程度のところまで走ると、瑞希はガラス窓に手をかけた。カラカラと音を立て、窓が開いていく。
 すると、内部とは想像も付かないほど、異常な光景が目の前にあふれた。それを見た瑞希、恵美子、大祐は息をも殺していた。
「外がこんなに明るいって……」
 まるで窓を黒い布かペンキか何かで覆い隠しているように窓から内側は非常に暗く、外は途轍もないほどの眩い夕焼けが校舎を明るく照らしていた。
「学校が異常なのかよ……」
「皆普通に学校の中にいるよ。ホラ、あの先輩4人が校舎から出てきた」
 生徒がいて、それぞれ部活をやっていて、楽しい会話が聞こえてきて、あるところでは先生に叱られている人もいて。車が通っていて、鳥の鳴き声がし、校内放送していて……。極普通の放課後が目に映った。
 ある校舎の壁に設置されている時計を見る。午後4時半を少し過ぎたところ。
「じゃあ……ここは一体何処?」
 恵美子が言葉を漏らす。瑞希はある事を考え、指輪に念じいれた。
――学校の暗闇よ、消し去れ!
なーんて。バカみた……

 ……パンッ! 
 まるで巨大な風船が耳元で割れたような、大きな音。皆がその音に驚き、悲鳴をあげる。
 何かが、それぞれの目の前で弾けた。
 びっくりして目を閉じる。
 そしてすぐさま目を開くと、そこにはあの時の闇の一面は消え去っていて、通常の学校と変わっていた。
 遠くで複数の楽しげな会話が聞こえてきた。校内放送も、先生の声も生徒の声も、先ほどの鳥の鳴き声も、部活の合唱なども。
 瑞希が恵美子と大祐に振り返る。2人も何が起こったのか、全然把握できていないらしく。
「今のは一体……?」
 恵美子は状況がよく分からないとばかりに、辺りをきょろきょろ見ている。
「ただ、学校の暗闇よ、消し去れって冗談交じりに思ってみただけ……なんだけど……」
「イリュージョン?」と大祐は疑問を口にする。
 -イリュージョン-“幻”
 しかし、先ほど起こった全てを幻になんて……
 一体何処が本当で、何処が嘘?
 それから彼女たちは有川たちと合流した。集団と戦いをしている最中に、集団はいきなり白い光に包まれ、消え去ったのだという。その時、有川は念じていたらしいが、ほかは誰も念じておらず、指輪の起動も無かった。

* *

「夢とは思えない。幻とも思えない」
 机に指輪を置き、穴に指を入れてくるくる回しながら恵美子がそう呟いた。傍にいる賢一は恵美子の言葉を無視するように、色々な本の題名に目をやっている。
「ねぇ! 聞いてんの? 賢ー……」
「聞いてる。聞き飽きた。それくらい、俺らが体験した事をさ、嘘って言う奴いるかよ。他の奴が話を聞いて、嘘だって言ってるならまだしも、俺らだぜ?」
「にしてはおかしいとは思わないの?」
「あ?」
 ドスドスと賢一の背中に近づいてきた恵美子。振り返る賢一。
「あたしが言いたいのは、あんな事があったにも関らず、何の話も相談も持ちかけてこない瑞希たちがおかしいって言ってんの!」
「俺に言うな。だったらあいつらに言えば済むことじゃねぇか」
「ほらぁ! 賢一だってそうじゃない。あの出来事を嘘だって言ってる!」
「言ってねぇよ」
「言ってる!」
「言ってねぇ!!」
「っ! ……言ってるよ。だったら瑞希たちに言ったらすむ事って言わないもん!!」
 恵美子はあふれる涙に堪えながら、走って去っていった。賢一はそんな恵美子を悲しげに見つめ、再び本棚へ目を移す。そして賢一の目に映っている一つの題名。
『香坂高校歴史書(貸出不可) 未解決現象』
「だったら、こんな場所でこんな本を探さねぇだろうが。
――でも案外あるもんなんだな。一か八か……」
 賢一は一つのファイルとノートを持ち出すと、速やかに新聞部室から出て行った。

* *

「武田君。ねぇ、武田君ってば!」
「なんだよ。付いてくんじゃねぇ」
 大祐の袖をくいっと掴みながら、後ろから付いてくる奈菜。
「調べるんでしょ? あたくしも協力する……」
「邪魔だ」
 力強く掴まれていた腕を放した。キャッと小さな悲鳴を上げる奈菜。しかしそれに何も動じることなく、大祐は一人、廊下を歩き続ける。
「あいつのせいで……ったく」
 ポケットに手を入れる。カサッと音のするものを取り出す。
 小さな、少し雑に千切られたメモ用紙。2つに折りたたんである。
 それをさらに細かく破り、付近のゴミ箱に捨てる。
「武田……くん?」
 聞き慣れない、とても好きな声に反応する彼。
「藍川……」
「……」
「…………」
 お互い、何を発していいか分からず、とりあえず瑞希から声を出す。
「あの時、暗闇にいた私の手を掴んだのって、武田くん……だよね?」
 頷いた大祐。それを確認して、瑞希は微笑む。
「あの時は、ありがとうね。すっごく嬉しかったの。一人だったし、怖かったし」
「何だったんだろうな」
「……わからないけど、前に武田くんがイリュージョンって言ってたじゃない。それに似た現実の・・・何かだとは思う」
 うーんと考え込む瑞希に、大祐はくすっと笑みをこぼす。
 その大祐に気づき、瑞希は戸惑いながらも微笑み返した。
「また、同じようなことが起こったら、どうしたら良いんだろう……」
「指輪に頼るしか、無いと思うけど」
「それでも怖いものは怖いでしょ?」
「良いじゃん。守ってもらう側なんだし、さ」
 言い難そうな口調で、大祐は呟いた。
 はて? と藍川は目を大きく見開いた。
「守ってもらうって、誰に?」
「指輪。とにかく指輪に頼るしかないだろ、今は」
 他愛の無い言葉に、ただ頷き返す瑞希。

* *

「あった!」
 3冊にも及ぶ資料ファイルを、賢一は有川と手分けしながら、数日前に起こった出来事の類似を探っていた。
 そして、見つけたのは有川だった。
 誰にも見つからない所で探していたという事もあってか、室内は薄暗いものだ。
 そして数年前の記事という事もあり、かなりの黄ばみを帯びている。ゆっくりと丁寧に広げていく。
 メモ帳で千切ったようで、記事の上に何枚もセロハンテープで重ね貼り付けをしてある。所々の取れかけを補正していく。
 それをしながら、記事の内容を読んでいく2人。
 そして有川はある一言に目を疑った。
 そして彼女の手が、ぴたりと止まる。それを不審に思った賢一。
「どうした、有川先生」
「いつの記事かしら……」
「何が?」
「不思議な光を目撃。見たものは香坂市内の住民のみ……って書いてあるわ」
え? と賢一の手が止まる。そしてその記事に目を向ける。いつの記事なのかは書かれていないらしく、しかし、新聞紙の状態から非常に前の物だとわかった。
「不思議な光って……。普通の雷を不審だと感じたのかも知れねーよな」
「類似の点は、目撃者が香坂市内ということだけね」
「俺らの生まれる前だろうが……わかんねーな」
暫くその記事を見つめたまま、動じる事ができない。
「とにかく、一つの手がかり? を見つけたからには、連絡よ。すぐに保健室に皆を集めましょう」

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