「あ、沙紀!」 瑞希のその台詞とともに、沙紀を含めた3人が走ってきていた。どうやら同じ場所に集まれるほどの力は無いようだった。 「瑞希ぃー!」 その声に答えようと、瑞希が右手を大きく掲げた時だった。 「何やってんだ。行くぞ! 敵はうろついてんだ」 と誰かの声と思いながら瑞希はとにかく走ることに専念した。 保健室に着くなり、瑞希は背中を勢い良く押された。それに次ぎ、沙紀、恵美子、賢一も入ってきた。 「武田ぁ! お前も早く……」 外ではドンドンという、何か大きな物音が聞こえている。それは何か、見当はつかないものの、先ほどの騒動を考えると大体の見当はつく。 段々赤く染まる保健室。これは現実ではない、夢の中にいるのではないかと感じてしまう。しかし、感覚、視覚、聴覚、嗅覚、触覚全て違和なく。 そして、その赤く染まる物体は次第に大きくなり、保健室全体を包み込む。段々と廊下は静まり返った。 カラカラ……と小さな手が戸を開ける。 「有川先生?」 そこにいたのは小林奈菜。不安げな顔で、彼女たちを見渡す。 「奈菜?」と近寄る有川。 「武田君が、危ないから保健室に行けって。でも突然真っ暗になって、そしたらまた突然にして目が熱くなりましたの」 「貴方もなのね……」 その濁らせた一言に、小林は顔を傾ける。 後ろには大祐が立っていた。青い血が服全体を覆いつくしている。そんな彼を瑞希は痛々しい瞳で見つめた。その瞳を大祐も見ていたのだが、彼女は気づいていない。 「とにかく2人共入って。“ここ”は、もう危険だから」 「危険って、どういうことですの?」 軽くウェーブをかけた髪が、揺れ動く。その髪を丁寧にすくいながら「とにかく入って」と有川が促した。 瑞希は有川の机に目を移した。その途端に、今朝のニュースを思い出す。 “「香坂市で、奇妙な発光体を目撃。その光はすぐに消え、専門家ではUFOの疑いが……」”と書かれた新聞記事。じっと目に移す瑞希の姿を、沙紀が捉える。 ギョッとするほどの冷たさを持った、深緑の目の色。 「沙紀? どうかした?」 次の瞬間には、元に戻っているように感じたが、目の錯覚だと思い直す沙紀。 「なんでもないわ。……有川さん、これから如何するの?」と瑞希から視線を外し、有川に問いを掛ける。 有川は頭上で括っていたゴムを解くと、胸まである長い髪をふわっと下ろした。 「わからないわ。この異常が何なのか分からないから、どうしようもない」 「ね、有川ちゃん、沙紀。今朝のニュースと新聞、見た?」 瑞希は机に置いてあった新聞を手に取り、2人に向ける。有川は「あぁ」と言い、腰に手を添える。 「それ、一見普通に見えるだろけれど、とことん奇妙なのよね。 それを目撃したのは、香坂市の住民のみ。この時間に丁度ランニングしていた隣町の住民は、そういう光る物体を見てないって証言。意見が真二つに割れてるのよ。だから専門家も見間違いだの、本当だの、調査だので大暴れらしいわ」 そう言いながら、バッグから宝石箱のような箱を取り出し、その中を一つずつ取っては、瑞希、沙紀、大祐、賢一、恵美子、奈菜へと渡していく。 「有川、お前、これが……この事態の原因、知ってるんだな?」 有川は、顔色を変えることなく続ける。 「知ってるわ。でも、今後がどうなるかは、知らないし、分からない」 「何なのか、言えって言ったら、言うのか?」 どんどん険しくなる賢一の顔を、それでも真から受け止める。有川としては、珍しい、そう感じられた。 「言えない」 「如何して」と賢一ではなく、大祐が質問をする。 「本当か、嘘か。未だ分からないからよ」 疑いを向ける賢一。無論、有川自身にも、それが如何なのか。もしや……とも考えられる。そしてそんな疑いをかける賢一に、有川は微笑をかけることを忘れることなく。 「だったら、嘘か本当かを見つけるために、調べるのね」 「……沙紀」 「そうだよ、有川ちゃん。私も協力するから」 「じゃ、瑞希がリーダーね」 「えっ、私が?」 「何かと人をまとめてるじゃない。包容力もあるし」 「そ、それは、単なる私の性格がそうであるだけで……」 「だから、あるんでしょ?」 瑞希と沙紀の会話のやり取り。賢一は(またか)とため息を漏らす。ふと時計を見ると、6時半を回っていた。 暗闇だったため、それほどの時間の経過に気づかなかった。保健室はかろうじて周りが見えたが、完全に鮮明ではない。目を凝らさなければ、特にメガネをかけている恵美子は状況が判断できなくなるだろう。 明かりが欲しい、そう思ったときだった。 自分の付けている指輪についている石が突如光りだした。 しかし何故か、またその光は失せた。 な、何だ? と目を疑った。 「賢一さん、もう少し強く願ってみて?」 瑞希は賢一に近寄り、そうアドバイスした。 「光りだした時に驚いちゃったから、意志が続かなかったの」 「は、はぁ……」 如何してそんな事を、と眉間にしわを寄せる。向こうでは、指輪の説明がなされていることを示すように、有川が指輪に触れながらみんなと話しているのが見え、 「そういうことか……」と呟くと、会話の中に入る。
* *
完全に夜を迎えた学校。外は静かで気味悪さをかもし出していた。そのような中で、そんな雰囲気を消し去るような、けれど、この状況を漂わせる会話が成されていた事、誰も知る由など無い。2,3人一組となり、あたりを警戒する。さっきまで、数人の生徒が様子を伺いに来ていた。 只者じゃない―― そう判断できたのは、異様とも思える“赤い目”だった。 先程誤って戸を開けてしまった奈菜。その瞬間に赤い目は、炎のようにユラユラとさらに燃えるようにその赤は強く光ったのだ。 目の前にいたのは奈菜だった。 「キャー」 と叫ぶ奈菜を無視するかのように、彼らは違う人物に目を向けた。それが瑞希だった。 直に相手からの攻撃を受け、現実と思いたくないほどの激痛が体中を襲った。 そして…… 未だ、その時の痛みが続く。傍では大祐が寄り添ってくれている。 あの時、指輪の説明を受けていなかったものの、大祐は何とかコントロールし、指輪の力で彼らを退ける事に成功した。 「賢一さんが言ってた。如何して指輪の事がわかるんだって」 「え?」 「私はね、普通だって思ってたの。不思議じゃないって思ってたんだけど、有川ちゃん、言ってた」 恵美子、賢一、奈菜に作られた指輪は、簡単に力を引き出せる。ただし、防衛、簡単な攻撃で、攻撃は、切り傷程度物。 しかし…… 「私と沙紀と有川ちゃん、武田君は、簡単に引き出せるものじゃないって。ある程度のものが備わってないと、指輪は使いこなせな――」 「なんとなく、分かったんだよな」 途中で遮られ、そう言われ、頷く。 「何でかわかんねぇな。でも、その何でってのは、有川が知ってんだろ?」 え? と顔を大祐に向ける。しかし大祐はずっと正面を向いたまま。 「俺、沙紀、藍川は有川の説明を受けてなかった。それが自然に思えた。けど、賢一さんは自然に思えなかった」 瑞希は、何が言いたいのか、全く趣旨が見えなかった。 「……何が始まろうとしてんだろうな。何もわかんねぇよ」 少し身を起こし閉ざされている廊下を、耳を済ませて状況を窺う。 静まり返った廊下は、音は全くしなかった。それでも慎重に行動する大祐。 置くから有川が現れ、瑞希の肩をトントンと突っつく。 「あ、有川ちゃん」 「瑞希、大祐。交代よ。少し休んだほうがいいわ。あら? 奈菜は?」 「そこ。横になってるよ。きっと疲れたんだと思う」 瑞希は奈菜に近づいて、自分の着ている学生服を掛けた。そばに居た有川が奈菜を抱き上げると、近くのソファーへゆっくりと下ろした。 「ね、有川ちゃん。静かだし、もう他の生徒はいないんじゃない? 辺りも真っ暗だし……」 「いいえ。油断は出来ないわ。……ホラ」 と指を指した有川。え? と瑞希がその方向に頭を向けるが、何の変化も見られない。何が? と考えた瞬間、有川は奈菜に向かって何か光を当てた。その光は次第に奈菜の体を包み込む。何がなんだか分からないと瑞希は困惑の表情。 とその時だった。 勢いよくドアが開かれた。そしてあの時の生徒らしき集団。目は赤く、服装は黒い。爪は牙のように鋭く、所々に流れている青い血。 瑞希はゾクッと身震いを感じた。 遠くから恵美子と賢一、沙紀が現れる。 「いい? 沙紀、大祐、そして瑞希。今は指輪に頼りなさい。指輪しか分からないとは思うけれど、それでいいから」 沙紀、大祐、瑞希はその意味をよく分からなかった。しかし、指輪に頼れれば言いと理解した3人は、こくりと頷いた。 まず集団は有川に向かって走ってきた。有川は手を彼らにかざし、強い光を放った。そしてドンという鈍い衝撃音が廊下中に響き渡る。 彼らは黒い姿から灰色へ、そして真っ白になり、砂へと化していった。サラサラと空気と共に、跡形も無く消えていったのだ。 「何、人間じゃないってこと?」 恵美子は驚きを隠して尚且つ驚きを感じながらつぶやいた。 「この様子じゃ、宇宙人のような、地球外生命体って言う……化け物」 沙紀は落ち着いた様子で言葉を発した。 そしてその時、沙紀の頭を何者かが襲い掛かってきた。素早く手をかざすと白い光が放たれ、彼らも白の灰の塊となり消えていった。 沙紀はゆっくりと手を下ろし、はめ込まれた指輪を虚ろな瞳で見て、くすっと微笑む。その笑みは有川に向けられる。 「有川さん。私には合わないとおもうわ、この指輪」 沙紀の右手の薬指に差し込まれてある指輪を有川が摩りながら「どうやら、そのようね」と苦笑した。 |