じっと2人を見つめる黒い影。一方が歩き出すと、一方は座り込んでしまった。 誰かがその者に気づき、近寄ると、座り込んでいたそのものが声を上げて・・・・・・ 「泣いちゃった・・・か」 それが少女の第一声だった。 それから少女は自分の手を見つめた。確かにキャッツアイが回転しながら中を浮いている。 静かにもう一度その場を見る。口角が少し上がると、暗くなった廊下を歩く。 もう関る事は無い。関係は壊れてしまったようで、でもその理由もきっと、次第に薄れてきて、またくっつくだろう、と、こっそり。 「確かに、あの人には人を惹きつけるものがありましたものね」 それは皮肉にも聞こえた。 ・・・・・・いや、皮肉なのだ。 そして、この現状は彼女にとって、最悪なもの。 こうなる前に、どうにかしておくべきだった。なのに、なのに・・・・・・ 苛立ちを抑えられず、歯軋り。 ≪そんなに慌てない≫ 不意に聞こえた声が耳に届き、我に返ると、乱れた呼吸を整える。 ≪どちらにしても、あの方たちの恋愛は不可能なんですよ?≫ 目を逸らし、そっぽを向く。それでも納得できない。 「わかってるわ。それが運命を変えること、私たちの・・・・・・が滅びてしまうこと」 ≪・・・。ところで、あの人たちはちゃんとしたの?≫ 「えぇ。如何して関係のない方たちまでこうしてしまったのかは分かりませんけど」 ≪貴方の力がまだその域に達してないだけ≫ 瞬時に反応する。青ざめたその顔。 「・・・重力がまるで違うんですもの。仕方ありませんわ」 拗ねてしまい、口先が尖る。痛いところをつつかれ、いつもは意地を張ってしまうのだが、今は言い訳が何とか通じると感じたのだ。 ≪その気持ち、受け止めるけど、簡単に考えないようにね。貴方がここで力を発揮できないならば、貴方の今後に勝利はないわ。でも其処までして彼女を追い続けるなんて、あきれた話ね。私にはまるで分からないわ。如何して其処まで彼女を追い続ける必要があるの。如何して戦いに挑むの≫ その言葉が気に食わないのか、少女は暗闇を元に戻した。そして、右手の平を上にすると、丸い形をした金色の珠が現れた。と、同時に地が揺れ始めた。 揺れは次第に大きくなり、周りが大きく悲鳴を上げだす。その光景に、無表情で見つめる。いや、冷めた表情。少し口角を上げると、宙に浮いた。 「恋愛を持ち込むな、か。あなたが持ち込んでるのよ」 目的の者を必死に探す。そして、一人ひたすら走っている人物を目で確認すると、見つけた、と心中で呟くと、忍び足でその場に近づいた。右手に少しずつ力を入れる。その者に向かって手を向ける。そして、呪文を呟く。 「――・・・破!」 光線が特定の人物に向けられ、放たれる。後に、鈍い衝撃音が広がった。爆風とともに木の葉が舞い上がる。灰色の煙が天を昇る。 その光景に皆が悲鳴をあげる。 「大げさ」 ぱちん、と指を鳴らすと、その光景は瞬く間に消え去り、元の状態へと戻った。 「幻よ」 しかし、その一方で地震は収まるどころか、段々と巨大化しつつあった。その様子に少女も動揺を抑えられない。 揺れ動く地を制御しようと呪文を唱えるが、最早遅かった。 その揺れに足が絡まり、コンクリート壁に叩きつけられると、その痛みとともに、意識が薄れていった。
歩き続け、30分は経っただろうか、体に疲れが見始めた。 その間、闇が深まったり薄くなったりといった奇妙な現象が相次いでいた。しかし、薄くなったとしてもそれで安心と言うわけでもなかった。 灰色の世界に変わっただけなのである。周りにあるはずのドア、階段、窓。全て目に映るものはない。あるのだろうか、と言う疑問さえ浮かぶ。それでも歩き続けるものの、一向にどこに向かって歩いているのかの見当が付かないために、次第に思考も低下を見せ始めていた。 突然床が揺れるような感覚に襲われると、獣の唸る声が聞こえ、顔を上げると、また深い闇が襲ってきていた。 たとえ、周りの景色が見えぬとも、今の明るさはせめてもの救いだ。瑞希はとっさに棒を握り締めると、 「光よ! 大きく広がれ!」 大きく叫ぶのだが、何も起こらない。 「前は心でも光ってくれたのに・・・。どうしたら前みたいに大きく光るの?」 力を入れて棒を握り締める。ふと顔を上げると、不自然に白と黒の境目の前に来ていた。いつの間にこんな奇妙なところに自分がいるのだろう。それは壁ではなく、まるで光の境目のようにも見えた。 「有川ちゃん・・・沙紀、武田くん、恵美子さん・・・・・・賢一さん・・・みんな。あの時は光ってくれたのに・・・。このままじゃ、何も出来ない。どうしたら良いの?」 体力も落ち、床に座り込む。大きくため息を付くと、恐怖と緊張が少し緩んだのか涙が溢れてきた。 泣いちゃ駄目だ、と言い聞かせ、ギュッと唇を噛み締める。 何か方法があるはず。その方法に気づいてないか、それとも、気づけないのか・・・。 『・・・・・・つけ』 遠くでソラミミがし、何だろうと周囲に目を配る。 人の気配はない。 気のせいだろうか、と、何度も目で状況を確認する。 けれど、何も起こらない。 そして再び棒を握る手に力を入れた時だった。 『落ち着け』 今度ははっきりと耳に届いた。低く、落ち着きのある低音だった。一体何処から聞こえるのだろうと、顔だけをくるくると動かす。 近くで誰かが私を見ているのだろうか。 しかし、視界は黒と白の2色が映っているだけ。 「何? ・・・だれ?」 静寂に包まれている空間。ゆっくり立つと、少し足が震えていた。瑞希は震える足に力を入れ、歩き出す。 『呪文を・・・・・・』 また、と動きを止める。 『思い出せ。すぐに迎えに・・・・・・』 慌てずに、相手の言葉を最後まで待った。
『すぐ、迎えに行くから』
その一言が、ソラミミの最後の言葉だった。 そしてガラッと視界が変わった。 第1と第2を結ぶ渡り廊下。其処に瑞希は立っていた。安全とはいえない高さ・・・5メートルはある。 瑞希が其処にいることにいち早く気づいたのは沙紀だった。立っているその廊下の下に目をやると、ぽろぽろと何かが落ちていた。 なんだろうと良く見つめていると、それは、その渡る橋の一部だった。 揺れに耐えられなくなってきているのだ。 沙紀はグッと息を呑む。どうにかしなければ・・・・・・ そう思うものの、無理に立とうとすると、身体を支えられない今、簡単に床に叩きつけられる。 その時だった。 鉄の音・・・鉄板・・・・・・ドラムだろうか、それらが擦れるような妙な音が聞こえた。 瞬く間に揺れは納まり、音一つない静寂となった。 しかし、そう思うのも束の間。 爆音が・・・いくつもの大砲が発車する、そんな巨大な音が近くで聞こえたのだ。慌てて沙紀は、その音の根源を探そうと顔を上げる。しかし、視界はまるで砂埃が立っていて何も見えない。運動場で巨大な風が吹いたときの、あの視界の悪さに酷似していた。 「いたっ・・・砂が・・・入った・・・・・・んぅ」 遠くで誰かの叫び声が聞こえたのだが、確かめようにも、目を開けられない。 「目を開けて! お願い! 瑞希ぃ!」 思わぬ人物の名に、沙紀は咄嗟に目を開けた。それがまた大惨事になることなど思ってもなかっただろう。 「きゃっ」 さらに砂が沙紀を襲う。全く開けられないほど、いや、逆に開けなければ痛みが増す。目全体に痛みが広がる。 身体を抱え込み、必死にその痛みと戦う。 「いや!」 ズ キ ン ――! 頭痛が伴ってきた。その痛みは、刻々と増していく。その場に倒れこんでしまった沙紀。 早くどうにかしなければ・・・・・・。 必死に涙を出そうと懸命になる。 「中原! オイ、しっかりしろ」 その声が誰なのか、はじめは検討が付かなかったが、大祐か賢一しかいないと判断すると、すぐに大祐だとわかった沙紀。 「目に、砂が・・・」 「砂?」 「武田君は、大丈夫なの?」 「? なにが?」 「目を開けた途端に砂が入ってきたの」 「・・・・・・俺は、何故か平気だった」 そう言いながら、沙紀の目全体を手の平で覆う。すると、その手から光が放たれ、何か小さい粉がほろほろと零れ落ちたのだ。 「え?」 「大丈夫か? 砂、取れた」 「・・・ありがとう。あなたに、そんな力があるのね」 驚いた表情で、沙紀はそう言った。大祐の手を見てみると、少し光っていて、それは手を包んでいるようにも見える。不思議な光景を目の当たりにした。不意に我に返ったのは、木の葉が沙紀の視界を遮ったからだった。 「・・・・・・あ! そう。瑞希」 すぐに立ち上がる。そして立ち上がった瞬間だった。直ぐだった。 今、まさに落ちかけの彼女。傍に誰かが居た。 その者を確認する前に、現場へ走り寄る2人。酷く物荒れた校庭。深く裂かれた地面。 ぐらり、とまた地が揺れた。時折バランスを崩しそうになる沙紀を支えながら、大祐はゆっくりと目的地へと進む。 「・・・! 有川!」 「・・・うぁ、あ! 大祐、沙紀!」 「有川さん!」 瑞希を繋ぐ有川の手は、今にももう引き裂かれようと、無理だと嘆いているようだ。 「目を開けろぉ! 藍川ぁ!」 ずるり、とまた重さで落ちようとする。 背筋が凍るようだった。 大祐も沙紀も、彼女を受け止めようにも5メートルの高さから受け止めるなど容易いものではない。 「も・・・」 有川が口を開く。 「もう駄目・・・あっ・・・・・・」 繋がっていたその一部がついに、まるで古くなってしまった糸が切れたように、有川の手から離れていった。有川は上体を起こし、何度も彼女の名を叫ぶ。 下に居た大祐と沙紀も、もう駄目だと目を閉じる。恐怖のあまり、目を閉じ、両手で顔を覆う。 その時、非常に強い風が吹いた。立っているのがやっとだが、その風は足元に強く吹いた。膝を支えるのが難しいくらいだ。小さな悲鳴をあげて沙紀が倒れこむ。不意に顔を上げた。 (一体、なにが・・・・・・) 沙紀の思考はそこで止まった。 風が渦を巻きながら、一定の位置で、落ちかけた、倒れた瑞希を支えている。風の強さは変わらぬままで、沙紀と大祐の髪を何度も巻き上げた。 その風は一体何なのだろうと、一体どうなっているのだろうと思い、沙紀が手を伸ばす。 「・・・・・・いたっ・・・」 皮膚に痛みが走った。大きく皮膚が切れた。指から手の平、腕、全身へと伝わるその痛みは沙紀をさらに襲った。しかし、しだいに痛みは傷とともに消えていった。 瑞希を支えていた風のようなものも、次第に薄れ、ゆっくりと地面に落ちていった。 ほぼ同時に、上空から何か細い棒が落ちてきた。 カラン、と乾いた音を立てて、砂埃を起こしながら何度も弾み、治まった。その光景に3人とも付いていけず、立ち竦むしかなかった。 それはやがて巨大な光を生み、徐々に小さくなると、瑞希の着けていたピアスへと化した。
「あの光の正体は、これだったのね・・・」 いつの間にか近くにいた有川が、一言呟いた。 |