家庭科室にひょっこりと顔を出した賢一。目的の人物を見つけると声をかけた。 突然の声にびくりと体を振るわせる。何かを隠すようにして自分の前に立つと、賢一だと分かり、肩を撫で下ろす。 「! 賢一さん」 ホッとした表情の瑞希に何となく照れが入るものの、賢一は必死に隠す。後ろに隠しているものをなんだろうと顔を傾けると、ぎこちない表情が露になった。 「よぉ。如何して隠れてたんだ? ・・・何かを隠してもいるみたいだな?」 「・・・・・・別に隠れても隠してもいるわけじゃないんですけど」 そういって瑞希が走らせた視線の先に、子猫がちりりと鈴を鳴らしながら眠っている。 賢一は目を点とさせ、状況を把握するのにその場の状況を頼りにして理解しようとしたのだが・・・ 「あ、違うの。私も数分前に着たばかりで、歩いてたらこの猫を見つけて・・・」 とまたしゃがんだ。それが目的ではなかったようだ。 「飼い主を探してください、見たいなことかと思ったぜ」 賢一が瑞希の肩を掴み、一緒に座ろうと促そうとすると、瑞希は反射的に、その腕かが逃れた。青ざめた顔で、胸元に両手を握り締めている。 「悪い。怖かったか?」 何も返答がない。 恐怖症が強い彼女。賢一も突然の事、どう対応して良いかわからなくなった。 「ごめんなさい。突然怖くなって」 そして一歩、下がった。その行為にズキッと感じた賢一。 瑞希は本当に些細な事柄に驚きと不安を覚えてしまう。ずっと前から分かっていた。だからこそ、あまり不安を感じさせないようにと本来の自分を隠していたのだが・・・ 駄目だ。 なんとしても、自分のものに・・・・・・ 賢一の目の色が徐々に変わる。その空気を少し感じ取ろうとするものの、その先の変化が怖く、体の震えが始まる。 「お前が、沙紀のそばに居ようと決心した意味がわかったよ。でも、俺はお前が好き」 瑞希の目に動揺が走った。 有無を言わさぬ速さで、賢一は瑞希の身体を包み込む。小さな悲鳴を飲み込むようにして・・・・・・ 「やめて・・・」 小さな声が賢一の耳に届いた。 今までとは違う、シャープで、氷のような声色。 「私は、武田君に恋してる。彼が、好き」 初めて瑞希の口から聞いた言葉。その言葉を聞きたくなかった。賢一が腕を緩めると、そこから逃げるようにして直ぐに距離を置いた。 「みず・・・」 「武田君には言わないでね」 軽く、ニコッと笑顔を見せると用件を言わないまま教室から出て行ってしまった。 結局、賢一は完璧に振られたのと同時に、如何して瑞希が自分を呼んだのかを聞くことが出来ないままに終わった。 拒まれたときの顔と、冷たい自分への言葉。拒否されても尚、思い続けてしまう彼女への気持ち。 冷たい床に、すとんと座ると、握りこぶしを床に叩きつける。じんと伝わる痛みは、胸の痛みに勝る事がなく。如何してこの気持ちを恵美子に持っていけないのか。その方がずっと楽だ。お互いに支えあう事も、信じあう事、助け合う事が・・・ 「はぁー」 どうして恋愛なんてするのだろう。 どうして彼女を好きになったのだろう? どうして恵美子に向けられない。 「賢一・・・」 遠くで声が聞こえたかと思い、小さく顔を向ける。 「恵美子、か」 「・・・・・・」 何もかもが崩れていく瞬間だった。 「・・・別れて、くれないか?」 お互いの気持ちは無色になっていた。
いつからだろうか。 自分でも信じられないこの現象。さっきまで4人から呼び出されては断り続けている。 こんな事は初めてだった。 呼び出し、といえば、酷い言葉を掛けられ、脅され・・・。最終的に沙紀が探しにきて・・・・・・。 何度も呼び出されているその彼女を見ては、沙紀も非常に驚いている。助けるにも助けられない。酷い事をされているわけじゃない。 「藍川さーん」 その声を聞いて、また2人お互いがため息を出した。 「ふふ・・・。結構もてるのね、瑞希は」 「えぇー? そんな事は、ない筈だよ・・・・・・」 「向こうもかなり嫉妬してるわね」 「え?」 沙紀の視線の先には大祐。 「・・・・・・私、席外すわ」 「え? 如何して・・・」 「どうも私がいると不都合のようだから」 その言っている意味がサッパリ分からない。とりあえず曖昧に頷くと、沙紀は席から退いた。そして教室から出て行ってしまった。 こんなものだろうか、と疑問が過った。 もてる事に対して羨ましくなる。・・・なんて。本当に好きになって欲しい人からのアプローチではないのに。それなのに、嬉しいこと? チラッと廊下方面に目を移した瑞希。すると、大祐と目が合い、お互い非常に驚き、瑞希は直ぐに目を逸らした。 その行動を自分自ら振り返ると、奈菜はすごいと感じた。目を逸らすことが無く、自分の意思をしっかりという。そして・・・ 自分があんなにも熱くなるのだと、嫌悪が出てきた。 頑固だと。かなりの頑固者だと痛感したのだ。 何度かため息を付くと、ゆっくりと立ち上がり、廊下に向かって歩く。その様子を大祐も見ていて、クラスメイトが見守る中、2人は教室から出て行った。 ――そしてその出た瞬間が、恐怖の幕開けとなってしまった。 扉が閉まったと同時に、辺りは一面の真っ暗な世界。 あの時と同じようで違う。 建物の一部が少しばかり見えていたのに、もう全くの暗闇だった。 「藍川!」 しかし、その声に応答は無い。 確かに近くにいたはず。直ぐに自分は追いかけたのだ。 「藍川! どこだ?」 何度も呼ぶが、それでも反応はなく。 シンと静まり返る廊下にただひとり、残された様子の彼。 「くっそ・・・」 やるせない思いだった。 どこまで仲間を分散させる気なのだ。 これらの事柄を起こしたやつが分かったら・・・・・・ 「ぜってーぶっ殺してやる・・・」 セリフをはき捨てると、だだっ広い闇の空間をひたすら走り続けた。
一歩出た瞬間だった。 目の前があっという間に暗闇化し、あわてて後ろを向いたものの、一面中が何も見えない。 「バラバラ?」 完全に自分がここに一人だと確信したわけではないものの、確かに後ろに大祐がいたはずだと思うと、自分が何処かに飛ばされたのだと思ってしまったのだ。 しかし、その暗闇は一瞬にしてまた元に戻った。真っ白な空間。 そして、何度か破裂音が響く。その音は次第に薄れていく。そして・・・ 「鈴?」 リズミカルに鳴り響くそれは、次第に耳元へと。 左手で左耳を覆い隠し、つけているピアスにそっと触れた瞬間だった。 見えない視界で、それが強く光った。プチッとピアスが取れる音。あわてて足元に顔を向けるが、それらしきものは見えない。その代わりに、何かが倒れ落ちた。 「ひゃ・・・! なに、棒?」 恐る恐るしゃがみ、足元に倒れてきたそれを持つ。 なぜかそれに懐かしさを感じた。その感覚がどうして感じられたのかは分からない。そして、見覚えのある凄まじい光が、棒の先端から放たれる。 ギュッと瞼を強く閉じ、光を遮断する。そして今度は棒が独りでに震えだした。 次々と様々な現象が起き、付いていけなくなった瑞希。耐えられなく、その棒を振り放す。 「・・・・・・」 カラン・・・と音が聞こえ、ゆっくりと瞼を開き棒に目をやる。 思ったよりも非常に細く、それを確認した後、瑞希は再度自分の左耳に触れる。 (ピアスは、ない。あれに変わった・・・) 咄嗟にそう思った。 もう、ファンタジー世界だ。ありえない、絶対に。おかしい。どうして? 他の人は普通なのに、どうして私だけ? いや、どうして私、沙紀、有川ちゃん、武田くん、賢一さんに恵美子さんが? 瑞希は倒れたままの棒の傍まで近寄ると、それを虚ろな目で見下ろした。香坂高校で何が起き始めているのか。如何してそれらは私たち6人に降りかかってきたのか。身体からわいてくる不思議な力は、本当に私たちの力なのか。 今までに起こったこと。それは単なる偶然にしてはおかしいものばかりだった。 もう、これらの事柄を認めたのではないか。だからこそ、あんなにしてまで色々調べてきたのではないか。何を今更夢だの幻だの言っているのだろう。 再度、瑞希は棒に触れた。特別何かが起こるわけでもなかったが・・・・・・。 触れるだけでも何か変化が起こるかも知れないと感じたのだ。 そして意を決した。棒を握る。そして立ち上がった。その動作はどこか懐かしいものだった。しかし、それは何なのかを考えようとは思わず。 「武田くーん! 沙紀ぃー、有川ちゃーん! ・・・どこー?」 真っ白いその空間をひたすら走り続けた。 |