陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
23.奈菜の嫉妬

 奈菜の視線は相変わらずだった。気に入らなかった。とにかく、気に入らなかったのだ。
 いつも沙紀と一緒にいる瑞希。その瑞希に気を掛けながら自分と行動を共にする大祐。
 その光景をずっと見続けている奈菜。
 皆、それに対する何か異常さを感じていた。完璧な三角関係だと。しかし、三角関係ながらも、瑞希が大祐に対して何かをするということはなく。
 そんな状態が続いて約2週間が過ぎる頃には、大体の資料が出来上がっていた。
 しかし、それと今回の怪奇事件に結びつくものはあまり無い。やはり、香坂市内という一般的な市内であるということと、あの時に発生していた光を目撃した人があまりにも少ないという事。そして、それと関りを持つのかよく分からない、瑞希、有川たちだけが体験したあの出来事。全ての物事は関係あるのか、それともまったく別ものなのか。
 前にパソコン室で大祐が見つけていたというあの写真も、もう既にURLが消去されており、あの時に一応としてプリントアウトしていた1枚しか残ってない状態だった。
「本当に、何も分からないね」
 そう呟いたのは、何度もため息を付いていた恵美子。時折賢一が背中を撫でてくれていた。
「恵美子、お前もう帰れ」
「・・・でも」
「後の事は、俺らが何とかする。その事柄はまた明日、お前に言うから」
 恵美子は素直に賢一に従った。その光景に瑞希が目を細めると、それに感づいた奈菜が荒々しい歩きで瑞希に近づいた。
 何かに気づいた沙紀が瑞希の前に出ようとするものの、それを静止する。瑞希は小さく「大丈夫」と呟くと再び顔を奈菜へ向かせ「ちょっといい?」という言葉を聞くと、チラッと周囲を確認して、奈菜の後ろに続いた。
 小さくため息を漏らしたのは、有川だけだった。

 廊下はひんやりとしているが、身震いを起こすまでも無い寒さだった。常に計画のうちだったのか、錠前は、難なく鍵の進入を許した。軽い金物の音がその付近だけに集まる。
 ドアを開けると、使われていないこともあってか埃が立ち昇る。
 奈菜は窓まで歩くと、鍵を開け、少し窓を開けた。幾度か外の空気を吸うと、窓に背を向け、瑞希を真正面に見る。無表情だが、どこか怒りを含めた深い目。緊張が解けない状態だ。
「あなた、武田君を好きよね」
「え?」
 突然投げ掛けられた質問に、反応が鈍った。
「好きよねって、聞いてるの。答えて」
「え、あ、うん」
 奈菜はその曖昧さに、キッと睨みつけた。
 見た目とは裏腹にかなり気持ちに素直な女性だった。お淑やか、という印象を消し去るほどの鋭い口調、眼差し、行動。
 この数ヶ月間で見えなかった内面を見る。
 正直、瑞希にとって苦手な相手だ。
 普通でも冷たく冷酷な眼差しを日頃受けている。それの倍以上といえる奈菜の冷酷さは、非常に耐え難いもの。心の奥底で、沙紀に助けを求めてしまっていた。
「見えませんわ」
「え・・・」
「好きなら、如何して彼と接しませんの? 何か戦略がありまして?」
 ジワリ、ジワリ・・・・・・と瑞希に詰め寄る。瑞希はそれを逃れようと下がるものの、机にぶつかり、身動きが利かなくなっていた。段々と青ざめていく顔色を、奈菜はなんとも思わない。
「戦略なんて・・・戦うわけじゃないのに・・・」
「だったら? 武田君を避けている理由を言って!」
「避けてないよ」
「いーえ! 避けてるわ。避けてないのなら、どうして其処まで彼にしれっとした態度をお取り? 」
「そこまでにしたら?」
 いきなり、別の声が聞こえ、2人の頭が真っ白になる。一体何が聞こえたのかと、その方向へ顔を向ける。ゆっくりとドアの向こうから沙紀が姿を現した。安どの表情が瑞希に表れる。沙紀の瞳には奈菜が映し出されている。性格に似合わぬ目つきで、舌打ちをする奈菜。
「様子がおかしいと思って付いて来てみたら。別に瑞希が腹立たしいことをしているわけでもないでしょう? あなたはずっと武田君の傍にいられてる。それのどこが不満なの」
「不満よ! どんなに傍にいても、武田君は瑞希を見てるわ」
「まるで、恵美子さんの時ね」
 奈菜はそのセリフに耳を疑い、黙り込んでしまった。
 怒りで身体が、拳が震える。
「・・・今なら分かる気がするわ。あなたのその無神経さが、皆を苛立たせるのよ!」
「奈菜!」
 沙紀が奈菜の腕を掴み、静止させようとするものの、それを大きく勢いをつけて振り払う。
「煩いわよ、沙紀。あなたも、いつまでこの人を庇って? 如何して其処まで庇う必要がありまして?」
「あら? 友達を庇うのは当たり前のことでは?」
「ふーん。友達、ねぇ。本当に、そう思ってるの? ・・・私だったら、鬱陶しいって思うけど? あなたの、この方を思う気持ちの言動も、随分と皮肉よね」
 奈菜の唇に添えられた、奈菜自身の手を、怒り含めた沙紀の手が捕らえる。5センチほど低い奈菜は上目遣いで、5センチ高い沙紀は見下ろした形でお互いが睨み合う。
「もう一度言ってみなさいよ」
「えぇ、何度でも言いますわ。あなたの言動が皮肉、冷酷だわ」
 その時、行き成り教室に入って来た者によって、奈菜は大きく頬を打たれた。その者は倒れた奈菜をきつく睨みつける。
 その光景に呆然と見入った2人。後で駆けつけたメンバーも、一体何が起こったのか、判断が出来ない。
 唯一、今までの事柄に一番驚いた瑞希が、最初に言を発した。
「恵美子・・・さん」
 しかし、ずっと倒れたままの奈菜に目線を向けたまま、恵美子は身動き一つしない。そんな恵美子に奈菜は無表情で見上げる。
「人を疑って、傷つけて、そんなに楽しい? 愉快?」
「・・・・・・」
 奈菜は静かにゆっくりと立ち上がる。そして冷酷ともいえる笑みを恵美子に向けた。
「・・・めて」
 誰かが小さな声で発した。
 そして・・・
「やめて。もう、やめて!」
 今度ははっきりと、そしてしっかりとした声で、奈菜に対してそう言い放つ。奈菜はそんな彼女に目を向ける。
「今は恋愛話なんてしている場合じゃないでしょう」
 有川が奈菜に向かって言う。ジッと目を向けていた彼女の瞳が揺らぎ、視線が床に落ちた。目尻一杯に涙を溜めた瑞希は、そんな自分を見られたくないと室内から素早く走っていった。
 賢一が向かおうとしたとき、沙紀がそれを止めさせた。「私が行くわ」と耳打ち。
「こんなときに、恋愛で揉め事なんて、止めて欲しいものだわ。したいなら勝手にして。巻き込まない程度にね」
 その言動の源となる情景を、改めて感じ取ったメンバーだった。

 ぎしり・・・と木の軋む音。その音にピクリと反応し、溜めていた息を漏らすと同時に沙紀が隣に座ってきた。
 沙紀は何も言わないまま、ただ横に座ると、瑞希の顔を見た。瑞希も沙紀の顔を見てお互いが微笑み合うと、またゆっくりと寄り添った。
「静かね」
 時折鳥の鳴き声が聞こえるものの、後は樹木の擦れる音のみだった。
 心地よい、自然の音が心を安らかにしてくれた。
「うん」
「私、恋愛が関係してるのかと思ったわ」
「さっきの話?」
「そ。男性恐怖があるからかと思った。だから皮肉に言っちゃった」
「だと思った」
 また、くすり、と笑みを零し合った。
「ごめん。あんな酷い事」
「ううん。沙紀の性格はもう知ってるから。どっちにしても、私、恋愛って如何して良いかわからないのが現状だし、奈菜にああ言われても仕方がない部分があるし」
「だから、武田君を突き放すような言い方だったのね」
 その瞬間に、瑞希の顔が微かに歪んだ。
「酷いよね、全く。どうかしてるよ、本当・・・・・・」
「それでも武田君はあなたを好きでいてくれているわ。それって、とても嬉しい事じゃない?」
 そう。どんな時も、必ず見ていてくれている。沙紀と一緒に何かをしている時も、時折見ていてくれている事を知っていたし、それはとても恥ずかしくて嬉しい事だった。
 しかし、それもあるのだが、それ以上にどうしても恋愛に踏み込めない理由があった。それは、瑞希の過去にあった。特定の者からの苛め。その苛めによって、どれだけの友人を失ってきたか。そして、その状態で自分に告白してきた人物がいた。その人は瑞希に言ってきた。
「好きだ」と。
 しかし、次の日、瑞希は周囲の冷たい視線を受けていた。
 その告白してきた者は、とても人気のある人物だった。そんな人物が瑞希に告白した事が何故か一気に広まっていた。結局、「ごめんなさい」と言い、それは終わった。彼にその言葉に含まれている真実を理解していたかどうかは定かではなかった。けれど、それが瑞希の決めたこと。
「あのね」
 沙紀が呟いた。
「私、嬉しかった。瑞希と会えたから」
「え?」
 瑞希が顔を向けると、沙紀は天上に顔を向け、どこか懐かしい顔をしていた。瑞希が不思議そうに沙紀を見つめていると、その様子がおかしく、噴出した。それでも尚、優しく微笑むと、
「だから、自分を憎まないで。私がいるから、大丈夫。武田君もいるんだから」
 一粒の涙が落ちると同時に、瑞希は目を閉じた。

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