陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
22.消された記憶

 瑞希が目を覚ましたのは、あの出来事から3日後のことだった。
 その間一緒にいたのは有川だけで、他のメンバーは授業中だった。他の皆も連絡を取り、午後5時半近くにはメンバーが揃っていた。
 瑞希の体は完璧に回復していて、有川の手助けをしていた。
 ようやく落ち着いたのは午後7時ごろ。次の日が祝日でホッとしているのだった。
「何にも覚えてないの? あの工事現場にいた事も?」
「其れは覚えてるんだけど、そこで何があったのかは全く覚えてない」
 瑞希の言葉に疑うものは、自然と誰一人いなかった。不思議な事柄に慣れてきたのかもしれない、とも考えられるほどだ。
「覚えてないって事は、何かしらの事柄は受けてるという事になるけど・・・」
「うん。身体が痛かったり、何か忘れてる事があるような感覚があったりっていう記憶? があるの」首をかしげながら話をきった。
「手がかり、無し、か」
 有川が呟く。
「ぅー・・・ごめん」
「え? あ、良いのよ。仕方ないんだし」
 一口、コーヒーを飲む有川。
「でも、手がかりが無いとなると、一体如何、何を基準にしていけばいいのか・・・」
「一つは、学校は対象外ってことね」
 沙紀の言葉に、瑞希が聞き返した。
「――どういうこと?」
「ま、簡単に言えば、本当に私たちが狙われてるって事。学園七不思議じゃないって事よ」
「学園七不思議って・・・お前ら本当にそういう話、好きだよな」
 賢一が呆れながらため息を付く。
「そういうあんたは、本当、夢のない男よね」
 有川が皮肉に言う。
「なっ! じゃ、そういう子供騙しを信じろってのーかよ」
「なーにが子供騙しよ? 信じる、信じないじゃないの! 一つの大きなお遊びでもあるの!」
 結局、最後まで有川と賢一の討論は尽きる事が無く・・・・・・。

 瑞希の気持ちは一向に冴える事が無かった。
 どうして何も覚えてないのか。
 一度目を覚ました感はあるのに、その事についてもサッパリといって良いほど記憶に無い。
 覚えていないという事に対して、怖いというより、気味が悪いというほうが合っている。まるで、あの世行きのパスポートを手にしたようだ。
「瑞希」
 後ろから沙紀の声がした。振り返る間もなく、沙紀は瑞希の隣に立った。
「手伝うわ」
「あ・・・」
 いま自分がしていることを完全に忘れていた。
 食器を洗っていたのに、その手はいつの間にか止まっている。水だけが地道に流れている。勿体無い事をした、と心が痛む。
「あまり自分を責めない事よ?」
 さっきまで考えていた事を見抜かれ、変に視界が明るくなった。
 そしてヘヘッと笑う。
「・・・分かってるんだけど」
 何もかもが苦しいと感じる。恋だって、友情だって、事件だって。全然自分の中で解決できない。
 そんな心情を読み取ったのか、沙紀が小さくため息を付くと、
「何かがあるのよ。思い出させない、何かが」
「思い出させない? 思い出せない、じゃなくて?」
 沙紀は小さく頷いた。
「それが一体何なのか、如何してなのか、はまだ分からない。もっと何かを探っていかないと」
「でも、手がかりが・・・」
「それはあなたの専門分野じゃないでしょ?」
「え?」と瑞希は目を見開く。
「そういう難しい事は、わたしと小野くん、有川さんに任せなさい。あなたはとにかく、力よ。武田君と恵美子さん、あなたは力を発揮させる事が常にできるように、安定が利くようにしておきなさい」
「沙紀・・・」
「している事が全部一方通行しちゃうと、それ以外のことが出来なくなる。分担が必要なのよ。何かを見つける事の中にも、それぞれが分かれていく。力に関しても、個々を見ている限りでは、力の種類が違うみたいだし」
 最後に、ふんわりとした笑みを浮かべた沙紀。
「ところで、沙紀たちは調べるってやつ、どんな分担でやってるの?」
「え? あ、小野くんは歴史書物関係。有川さんは学校に行って・・・ほら、あの誰も使ってない図書室があるでしょ? あそこに何か情報がないか調べてるの。私はネット」
「ネットって、一番調べやすく見えて、実際は・・・・・・」
「ハードよ。とても。如何調べるか分からないもの」
「だよね。本当に七不思議ならともかく、未知の体験について調べるとなると、それに関する類似体験の情報必要だもんね」
 瑞希の顔は次第に渋くなってきた、・・・というより、苦々しい気持ちになってきたというべきだろうか。
 どんなに分担しているとしても、一人のこなさなくてはいけない量を考えると、それは厳しい。一体如何して自分たちがこのような運命を彷徨っているのか。それにはちゃんとした理由があるのか。如何して私たちが・・・
 何度もため息が出ると、流石に自分自身も情けなさを感じた。
 瑞希にとって、一番気がかりな事は、記憶。
 一体この数日間、何があったのか。それが少しでも分かればいいのだが・・・。
「瑞希?」
「え? あ、奈菜・・・」といつの間にか姿を消している沙紀に驚きつつも返答した。
(・・・? 奈菜?)
「向こうで皆様・・・瑞希? どうかしまして?」

「・・・・・・ねぇ、奈菜」
「はい?」
「奈菜って、奈菜よね?」
「え?」
 奈菜は顔を顰めた。
 そして瑞希は顔を俯かせた。
「ううん。なんでもない。奈菜は武田君がいるから安心だね」
 ふと出てきた言葉だった。
「その言い方、皮肉ね」
「!」
 ぴくり、と身体が反応する。
「宣戦布告、かしら?」
 奈菜の言葉に、困惑した。奈菜の目は、真剣そのものだった。ずっとこの時を待っていたのだろう。ライバルがライバルとして、見てくれるときを。しかし、瑞希はそれを望まなかった。好きな人を争いで我がものにするという事が、耐えられなかったのだ。いや、誰だってそうだろう。
 しかも、こんな非常時に、そのような遊びはごめんだろう。
 心が痛く、この場から逃げ出したいという気持ちで一杯だった。しかし、其処を踏ん張る瑞希。そして倒れそうな気持ちを何とか留めながら・・・
「本当は、こんな事したくない」
「――逃げようとしてましたの?」
「逃げようって言うか・・・・・・。私も武田君が、好き、だから。好きなもの、ならともかく、好きな人、を競って自分のものにするなんてそんなの恋愛じゃないし、愛情でもない」
「私も、ですわ。奪う事、競う事で好きな人に自分を好きになって欲しくないわ。私が言いたいのは、正直になって欲しいという事です。好きなものを好きといえないあなたが嫌いなのです」
 痛いところを突かれ、表情が滲む。
 確かに、瑞希自身、そういうところに遠慮していた。それは半ば人との付き合いが苦手という事にも当てはまるのだが・・・
「好きなものを本気で好きといえないなんて、それでこそその大切なものに対して失礼ですから。・・・でも、やっと本気でいけますのね。ずっと、待ってましたの。言ったとおりあなたはいつも、自分を隠してしまいますから」
「でも、決めるのは、武田君だよ?」
「――えぇ。承知、ですわ」
「それと・・・宣戦布告したけど、でも、私には沙紀がいる。私は、四六時中武田君と一緒にいようなんて思わない」
 奈菜には、瑞希の言っている事を理解できなかった。
 それは作戦的なものなのか、それとは別の物なのか。
 なかなか納得いかない奈菜。それでも一息つくと「分かりましたわ」といって、立ち去った。

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