インターホンが鳴った。セールスマン系だったらと思い、流した。しかし、その後ケータイに着信が入る。 画面に“沙紀”と表示がされる。 玄関に目を向け、一度寝室に行き、様子を確かめてから玄関へと向かった。 ドアの向こうには、いつものメンバーが立っている。 一人、奈菜を除いて。 有川は4人を招きいれると、珈琲の準備をする。有川が皆のほうに目を向けると、恵美子だけが立ち上がって、室内をうろうろしていた。有川の部屋にはイラスト、絵画、トロフィーがたくさん飾られていて、しかも一つ一つが英語やドイツ語、フランス語で書かれているためじっとその文字を見ることしか出来なかった。 「瑞希は?」賢一が有川に向けて発した。 「直ぐ隣の寝室で寝てるわ。ちょっと今は近づけない状態にしてあるから、もう少し待って頂戴」 ――あれ以来、賢一は有川に対して鋭い眼差しを向けることがなくなっていた。 賢一はその寝室に目を向けた。 「入ることは出来ないわ。小窓を通してなら、危険はないわ」 それを聞いた大祐は一目散に席を立った。続いて賢一、沙紀、恵美子の順に・・・ その順番に、ではなく、先ずその中は沙紀が確認した。ハッと息を呑む光景が目に映った。 ――本当に、これが、寝室? 幾何学模様の背景が全体を覆い、白、橙、黒の紐で結ばれた木の棒がその部屋の四つ角に置かれている。韓国的な要素と日本古来の要素が入り混じった、何とも奇妙な部屋が、其処だけの空間として存在しているのだ。 其処に、白い布団を被って、眠っている彼女の姿が目に入る。顔色は決して良くないといえる。 「いつ?」沙紀がようやく口を開く。 「丁度昨日よ。いきなり電話が掛かってきて。でも何も言わなかった。色々あったから、何かに怖くなったのかもしれないと思って様子を見に行ってみたら、部屋で倒れてた。真っ青だったわ。何とか良くなってきてるのよ、これでも・・・」 「何があったんだろ・・・」恵美子が言った。 「さぁ。私も全然分からないのよ。しかも、倒れてた場所はベランダ。片方はサンダルを履いてたんだけど・・・」 と言ってため息をつく。 「貴方たちは、何か変わったことは無い?」 4人・・・沙紀を除いてそれぞれが顔を見合わせ、否定する。有川は小さく何度も頷くと「そう」とだけ返答した。 「疲れー・・・にしてはおかしいわよね」 「最近は本当に何も起こってないし・・・思いあたらねーなぁ・・・」
「瑞希に・・・」 沙紀はそう言って、ちょっと考えた末、もう一度言を発した。 「瑞希に、とっての、何か・・・異変が・・・・・・起こったか」
「えぇ。グループ攻撃から、単独攻撃のような形に変わったとしか、思えないの」 「攻撃って・・・まだあの時の光景が何なのか分からないのに・・・」 「だから“ような形”なのよ」 恵美子の顔が強張る。 「じゃあ、今度は一人ひとりに・・・どうしたら良いのよ。指輪なんて、まだちゃんと使えた試しがないのに・・・・・・!! ねぇ、照美ちゃん。照美ちゃんが知ってることって、本当にあれだけなの!? まだ何か知ってるんじゃない?」 「止めろ恵美子」 賢一が小さな声で怒鳴る。 「だって!」 「今は止めろ。瑞希が寝ているところだ。変に騒いで何かのバランスが崩れて・・・・・・。そしたら如何なるか分からない。きっと・・・」 賢一は自分の指に入っている指輪に目を落とした。 「どこかにいるはずだ。瑞希の自由を妨げている何かが・・・・・・」 「どうしてよ!!」 いきなり近くで大声を出す恵美子に賢一は吃驚した。まさかここまで恵美子が荒波を立てるとは思わなかったのだ。 「どうしてよ・・・。如何して皆、瑞希? 自分の護衛の事、瑞希以外のこと、気にならないの!? 照美ちゃんのこと、沙紀のこと、武田君のこと、賢一も! 自分の事とか、どうでもいいの!?」 「そうじゃない」 「だったら何? どうして――・・・」 「何も藍川だからこうしているわけじゃない」 大祐が口を挟む。 「他のやつが同じようなことが起きたら間違いなく心配してる。変に勘違いするな」 恵美子は納得いかない顔をして、リビングへ戻った。頭に、あの言葉が何度も過る。 “注目を浴びたいがための、自作自演” そうであって欲しいという、不本意な気持ちと、どうか外れて欲しいという、戸惑いながらの気持ち。ただ、賢一の目が自分に向けられない。それが嫉妬になってしまっている。 賢一がこんなにも瑞希を心配するなんて思ってなかったのだ。ずっとずっと、大丈夫だと思っていた。しかし、現実は甘くなかった。 瑞希を責めても駄目、賢一に八つ当たりしても駄目。頭で分かっていても、心は受け入れられない。 鋭い刃が、恵美子の胸を突き抜けていくような、そんな気持ちに陥ってしまった。 「本当に、そう? 2人とも、瑞希のことが好きで好きでしょうがないから・・・でしょう? 誤魔化してもそれくらいわかるよ!! 絶対私や沙紀、照美ちゃんが瑞希と同じ立場になっても、同じように心配してくれるとは限らないわ!!」 そして恵美子はゆっくりと瑞希の寝ている部屋に近づくと、拳を作り、戸を叩き始めた。一斉に視線が恵美子に向けられる。 4人で、恵美子を抑えたり、大祐は恵美子とドアの間に入り、隙間を作る。 「いや! 放して! 放してぇ!」 恵美子と大祐との距離が出来ると、沙紀は恵美子の前に立った。
パンッ
と皮膚が弾かれる音。纏めていた髪がはらりと落ちた。 恵美子の頬は次第に赤くなっていく。 沙紀は恵美子を睨みながら、悲しげな瞳を向けると、 「武田君が瑞希を好きであることは知ってるはずよ。それは如何でもいいかもしれないけれど、小野くんと貴方は先輩。先輩がいつも一緒に居る後輩を心配するのは当然と考えないの? いつも自分に笑顔で接して、話しかけて来て頼ってきたりする後輩を、心配しない方がおかしいんじゃないの?」 「皆が皆、そうとは限らないでしょ!? 後輩が生意気言うんじゃないわよ!」 「だったら!! 仮に、もし倒れている人を目の前にしている皆の前で自分は他の人を心配する。それでこそおかしな話だわ」 「それはその人だけが関ってるからよ! 私たちは、同じ時に、同じ場所で同じ事柄に関ってる」 「だったら言えばいいじゃない」 「――! ・・・え?」 「そんなに、自分を心配して欲しい、どんな時でも自分を思っていて欲しい。そう思うなら、一時の事柄に我慢がならないなら、小野くんに言えば済む事でしょ? 誰が傷を受けても、誰が命に関っても、自分だけを見て欲しい。そう言えば良いじゃない」 沙紀の発言した内容に唖然とするメンバー。 「貴方が言いたいのは、そういうことでしょ? だったらそうしてもらえばいい」沙紀の鋭い瞳。 「っ・・・・・・」 「その代わり、貴方たち2人とも、冷ややかな眼で見られても知らないわよ。そして、誰からも心配かけてもらえなくても知らないから」 睨みつけるように、恵美子を見続けると、賢一に視線を移した。 「・・・あとは、小野くん自身の判断に任せるわ。武田くん。ちょっといい?」 突然名を呼ばれ、ぎこちなく返事をする。悲しげに微笑むと、2人は家から出た。 恵美子は突きつけられた言葉に戸惑いを覚える。賢一は恵美子を見ることなく、瑞希の眠っている部屋に目を移した。自分を見ないという現実が、怖くなる。 「恵美子」 「え?」 有川はニコッと微笑む。 「手伝って? きっと大祐や沙紀は15分ほどで戻ってくるだろうから、それまでに美味しい物準備しておきましょ」 明るい声と笑顔。恵美子は自分をちゃんと見てくれていないものだとばかり思っていた。 何かと目立ちたがり屋の彼女にとって、今のこの状況は辛いのもなのだろう。有川の誘いに小さく頷くとチラッと賢一を確認して、有川の後に付いていった。
「あんなこと、言うつもりじゃなかったのに・・・はぁ」 自己嫌悪。沙紀を襲うドロッとした吐き気。 「お前って、本当に藍川思いなんだな」 「うーん・・・。どうかしら。そう思えるのなら、そう捕らえても良いけれど」 悲しげな瞳は、遠くの青々とした山に向けられる。 さらっと髪が扇情的に揺れ動く。 「・・・もし藍川がああいうことを言ったら、山下に言ったあの言葉、藍川が相手でも言うのか?」 沙紀は否定するように顔を振った。 「なんだ、お前も山下と変わりないじゃねーか」 ちょっと真顔になって「言わないだけよ、瑞希が。だから私は瑞希に言えない」 「――え?」 「本当は、何度も言ってると思うわ。特に貴方に。奈菜ばかり見てないでって。こっちを見てって。そういう言葉を相手に言うことができないだけで、本当は心の奥底では言ってたり感じてたりしているわよ」 「じゃ、もし、藍川でも口にしたら、言うんだ?」 「さぁー」 さらりとした口調で流す。透き通る風とともに、その声は消えてなくなった。 「独占欲の種類って、一つじゃないから。色んな形の独占欲があるから、一概に、その人が言ったからと言って同じことを言うとは限らないもの」 沙紀は深呼吸をすると、再び有川の家に目を向けた。 それを気まずいという気持ちが襲う。大祐はそんな沙紀に、肩をポンッと叩く。すると、ブルーグレーの瞳が大祐を映し出した。 「私――――・・・」 何かを言おうとした沙紀の言葉が、不意に途切れる。えっと聞き返すが、微笑むだけ。 (もう少し、もう少ししたら・・・) 沙紀は複雑な心境を、胸にしまい込む。 |