陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
18.微笑みあう瞳

 ガラガラと勢いよく開くドアに、有川は顔を向けた。
 2人の生徒が入室してきた。後15分でチャイムが鳴る。其れでも何とも思わない2人は、全く呆れたものだと感じつつも、朝に来てくれたという事が嬉しくて堪らない。
「どうしたのよ。珍しいじゃない」
「あれから本当に何も起こらなくなったでしょ? あんまり有川ちゃんのところにも行かなくなってきたなぁって思って、沙紀とちょっと来ようって話してたの」
「退屈してるかと思ってね」
「そりゃあ、もう、かなーり」
 久々の笑い声。本当に何もなくなって2ヶ月が過ぎる。感覚が全くなくなったわけではない。やはり日に日にどこかがおかしいと感じつつも、日常は起こる前と全く変わらないのだ。
「今日、昼食一緒に出来ないかと思って来てみたんだけど・・・」
「ごめんなさい。10時くらいから出張なのよ。2時くらいまで帰って来れないのよ」
 そっかぁーと瑞希は残念に頭を下げる。
「出張って、どちら?」
「西華原高校と卯月高校よ。健康診断で付き添いなの。あそこって結構大きいから呼ばれちゃったの」
「ただ単に人手不足っていうだけじゃ・・・」
 そうよっ、と瑞希のお凸をびんたする。
「ほぅら! 授業始まるから早く教室行く!!」
 はぁーいと2人が出て行くと、有川は少し微笑み、また席についた。あれから本当に、何事もなかったように日々が過ぎる。

 階段を駆け上がる2人は、図書室へと向かった。先生が不在である事を事前入手していた2人は、其れでも様子を伺いながら静かに入室する。
 人目のつきにくい、一番奥のテーブル席に移動し、持っていた手提げ袋とカバンを置くと2人ともが大きくあくびをした。
「つっかれたー!」
「あれ以来、本当に普通になってきたわね」と窓越しに映る飛行機に目を向ける沙紀。
「だよね。普通が良いのはいいけど、なんかおかしいと言うか・・・。でも授業をサボるって、いいのかなぁ」
「良くないに決まってるでしょ。こうでもしないと、調べようがないんだから」
 沙紀はカバンからB6用紙の束を取り出した。
「沙紀、何それ・・・」と瑞希は唖然として見つめている。
「アンケートよ。調べたの。ほかに誰か同じ体験をした人がいないか」
 全校生徒約1000人以上のこの学校でアンケートを行った、と言う。
「用紙、大丈夫だったの!?」
「ちょっとある方法を考えてね。だから完全に全校生徒から聞き出せたってわけでもないわ」
 紐を解き一枚一枚丁寧に確認するが「なんともなかった」または空白と言う回答。
「これはこれで、気味悪いよね」
「まぁ、明るくなった瞬間のみんなの反応が、これでしょう? あの時も皆なんとも無い、ごく普通だったしね」
 それでも尚、パラパラと丁寧に確認していく2人。
 しかし、ただ時間が過ぎるだけのこととなって行っている。
「ね。絶対私たちだけだよ」
「どうして?」
 だって、と沙紀の目を見る。
「有川ちゃんの持ってきてたあの本・・・。新聞記事だったっけ?」
「あ、あれね。最近の奇妙な事件の類似した記事の・・・」
「うん。あれを見る限り、私たちだけだよ」クシャクシャになった紙を丁寧に広げながら囁く。
「・・・・・・まぁ、それは、よく分からないけど。それは置いといて、この―――」
 沙紀が不意に探り取った紙。それを見た瞬間、沙紀の目が大きく開かれた。
 瑞希はその沙紀の変化に気付かなかったが、動きを止めたその手を見て、なんだろうと瞬きをする。
「さ――・・・」と言いかける。
「ビンゴよ」
「――え?」
「無記名ね。体験者がいたわ」
 パンと音を立ててその一枚の紙を机に置くと、瑞希は身を乗り出してその紙をじっと見た。
 少々乱暴に書かれた一枚。
「私たちのほかにも、居たって事?」
「ますますあの記事を、深く探らなくちゃいけないようね・・・」
 やっぱり、終わってないわ。という沙紀の言葉に、瑞希は真剣な目で頷いた。
「あれっ・・・藍川? 中原も・・・」
「武田くん」と沙紀は目の先の彼を呼んだ。
「お前ら、授業は良いのか?」
「以前にもサボった記憶があるし・・・一種の慣れ?」
「ふぅん・・・」と頭を掻きながら、2人の座っている席へと向かう。2人の席の近くにある、低めの本棚へ寄ると、そこに「よっ」と言いながら腰をかける。
 大祐は山になっている紙を見ると「何だこれ・・・」と1枚を手に取った。
「簡単に言えば、メンバー集め?」
「同じ事柄を体験したものがいないか、調べようと思ってね」と沙紀が瑞希の助言をする。
「良くこれだけのものを集めたよな・・・」
「3週間もあったらから」
 大祐は近くの束になっている紙を数枚取ると、一枚一枚丁寧に読んでいく。
 チラリと沙紀は大祐を見つめる。大祐もそれに気づいて、目を向けると、他方の視線にも気が付き、瑞希も武田を見つめていた。
「?」
「見てるわよ? 北野先生が」
 は? と目を丸にすると、素早く後ろを向いた。ニヤリとした口と据わった目が大祐を捕らえている。
「制服といい態度といいお前はいつも、いつも・・・」
「うわぁ!!」
 吃驚して本棚から落ちる。含み笑いをしていた北野もあっけらかんとして彼を見る。
「何やってんだぁ、お前・・・。大丈夫か?」
「はぁ・・・」
 フンと鼻息を立てると、シャッシャッシャとスリッパの音を立てながら、窓際から消えていく。その様子に大祐はホッと胸を撫で下ろした。
「そんなところに座ってるからじゃないの? 椅子があるんだから据わりなさいよ」
 沙紀にそう言われるが、大祐は瑞希に目を移す。じっと紙を一枚一枚丁寧に読んでいる。しかし椅子に座ろうとせず、テーブルに据わった。その途端に視界が暗くなった周辺に何事だろうと瑞希は顔を上げると、斜め前に机に座っている彼の姿が映った。そんな彼女に大祐も目を向けると、じっと自分を見つめる視線とぶつかった。
 ビクッと肩を反応させる。大祐はその反応に眼をまん丸にして見開いた。
 瑞希はずっと驚いたまま、彼の姿に釘付けになった。そして大祐は顔を少し瑞希に向けると、微笑んできた。数回瞬きをすると、つられて瑞希もテレながら微笑む。
「俺がお前を守る」
 その言葉を思い出した瑞希。
 いつもの感覚とは違う。不安が全く無い。
 それが瑞希にとって、何より嬉しかった。
 そんな2人の様子を見て、沙紀は一息つくと大積みにされた紙の山に再び目を落としたのだった。

 瑞希は家に帰るなり、留守電のチェックをした。時折親戚からのメッセージが入るため、毎日チェックは欠かせない。
 しかし、一つも入ってないことを確認すると、テレビのスイッチを入れた。丁度ニュースを放映している。あと20分で香坂市内の情報が流れる。
 先ずベランダに干してある洗濯物を入れようと、洗濯籠を洗面所から持ってきて、ベランダに出る。
 右のサンダルに足を入れようとしたとき、瑞希はじっと地面を見つめた。
(この頃、覚えてないなぁ・・・)
 いつもノートに書き記していたのに、あれから2週間ほど書いていない。見てないじゃなくて、覚えてない。
 見た形跡はある。
 それは、丁度あの事件が起こった日と該当していた。
 嫌な予感が胸を突き刺すが、考えたくもない。これから何か変なことが起こるのではないかと、馬鹿なことを半信半疑で捕らえていた。
 いつの間にかいなくなっていた家族。
 単身赴任。
 メモすら残さず、跡形もなく。
 一人残された、瑞希。
 冷たい風が、瑞希の頬を掠れ、瞬時に身震いが走った。「早く取っちゃおう」と立ち上がる。

 “認めないわ”

「えっ・・・?」
 背後から声が聞こえたような感覚。勿論、背後というと、部屋の中。彼女以外に誰もいるわけがなく。
 体から力が失せてくる。
 誰かがいる。
 上下左右に目を走らせる。何も無い。聞こえてくるのは、自分の息と、時計の秒針。
 瑞希は恐怖のあまり、足元バランスを崩す。その弾みで足が縺れてしまい、ベランダへと倒れてしまった。

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