陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
17.樹皮ピアスと黒のキャッツアイ

 あわてて走ってきた勢いで、ドアの開閉がいつも以上に大きくなった。ドアに背を向けていた賢一と有川が驚いて振り返る。瑞希と大祐の姿を確認すると、小さく安心の息を出した。
 瑞希は有川に指輪のことを告げると、「高かったんだからねー」と冗談半分で唆した。
 沙紀はまた消えたと言う。少し申し訳なさを感じると「あんたが悪いわけじゃないんだから、そんな顔しないの!」と言って有川は励ました。
 そして……
 その後瑞希はずっと大祐の背中を見続けていた。
 あの時に言われた一言が、嬉しいのに、苦しい。この、今までとは違う気持ちのギャップはどこから来るのだろう。それとも、安堵しているのだろうか。
 そんな時だった。有川がいつの間にか瑞希の横に並び、耳を弄くっている。なんだろうと少し動くと「動いちゃだめぇー」と悪戯しているように言って来る。耳元で何か金属の音が聞こえると、沙紀が突如現れた。有川が、壊れてなくなってしまった指輪の代わりに、樹皮ピアスを作ってくれたのだ。有川の指輪にそんな力があるとは、と賢一は驚いていた。
「み、瑞希?」
「さ、沙紀、だよね?」
 ピアスを着けた瞬間に、まるで瞬間移動のように突然現れた沙紀を、瑞希は驚きの中で迎えた。
 よかったー、と2人の明るい声に、賢一、有川を含めたメンバーも大きくため息を出す。良かった、と。
「似合うじゃない?」
「そっかな?」
「可愛いなぁ」と人差し指でそれに触れる。
 久しぶりに沙紀と交わす会話。頬が緩んでしまうくらい嬉しい。
 しかし、かなり違和感があった。もう一度大祐を見る。
 前までは彼を見ているというのが切なくて、もっと近くにいたい、もっと話してずっと傍にいたいと感じていたのに。今はそんな気持ちが薄れている。
 嫌いじゃない。あの時の気持ちは好きと言う気持ち。
 なのに……と自分に起こった気持ちの変化が恐ろしいほど怖いのだ。
「大丈夫か?」
 ずっと遠くで瑞希を心配していた賢一が傍に寄ってくる。そしてあの時に折れてしまった腕を掴んで、カッターシャツを捲る。服の上からではわからないところ。「やっぱり……」と賢一はため息を付いた。
「いくら魔法とやらが使えたとしても、所詮はこの程度だよな。まだ何とも言えねーけど、もう少し使い方を極めないとダメなんだろうな」
「でも、賢一さんが居てくれたから、あとが残った程度で済んだんだよ?」
「お前さ、時々感じてたから言わせて貰うけど……」
 親指と人差し指で瑞希の頬を摘む。
「ふぇ?」
「俺の名前を言うときと、その後の会話がマッチしないんだけど?」
「ふぇいふぉのこと?(敬語の事)」
「そぉだよ」と言って、もっと強く捻る。
「痛いって! ひっどーい!」
「おーおー。真っ赤。可愛い」
「賢一って呼んでやるぅうー!」
 本当に赤く染まった瑞希の顔に、口を大きく開け、お腹を押さえながらゲラゲラと笑いが止まらない賢一。
「どうぞ、お好きなように」
 一人、ピアスをつけた瑞希が非常に可愛いと感じたのは、仕方ないと賢一はため息を付いた。
「もし、あいつがいなかったら、抑えられなかったかも」
 いつの間にか有川の手伝いに加わっている恵美子に向かって、賢一はそう履き捨てるように呟いた。
「え? 何?」
 自分の言った事が聞こえていたようで、瑞希は聞き直してきた。瑞希と恵美子を交互に見る。
 恵美子は向こう側の部屋で、有川と大祐と楽しそうに会話していて、時折大祐が顔を赤くしている。瑞希に顔を向けなおすと、彼女も同じ場所を見ていた。丁度自分と同じ顔になっている。
 困惑色。
「瑞希は、武田が好きか?」
 顔が固まる。そして、ますます俯いていく。
「わかんない……」
「小林のこと、考えんな。自分の気持ちで考えてみろ」
「それでもわかんない……」
 きっと、小林のこと、学校の異変のこと、自分の変化のことで、色々あり過ぎてよくわからないのだろう。
 小さくため息を付き、瑞希の頭を撫でると、上目遣いで見上げてきた。
「なんかあったら、言えよ?」
「ん。ありがとう。賢一さんは?」
「え?」
「賢一さんもでしょ? 私、疑ってるでしょう? 変な力あるみたいだし……」
 それ以上の心配を掛けさせたくない。何もない床に顔を向ける。そのまま瑞希の頭に置かれた手をぽんぽんと叩く。
「お前は余計な事考えなくていいんだよ」

* *

 しっかりと腕を組み、あのメンバーの様子をじっと、遠くから見つめる。何度か開放する腕は、それでも関係を結ぶように組みなおされる。
【行かないのですか?】
 薄笑い。それに対して少女は苛々を隠して答える。
「変にあたくしが出ますと、目の色が変わってしまいますもの」
【まっ、Lanaらしいわ。それにしても、作戦は成功したようね】
「簡単よ。リセットしたようなものですもの」
 冷たい瞳の先には、保健室にいる“彼ら”が捉えられている。
【でもぉ! 疑問が残ったようだけれど?】
「別に構わないわ。このままで行けば、不自然も自然になるでしょうし」
【貴方と彼の関係も?】
 そこで少女は無言になった。
【Lana?】
「……えぇ。元に戻ってくれれば、良いんですけどね。あの方は確かに、美しいと評判でしたから、仕方ないのかもしれませんわね」
 右手に持っている黒のキャッツアイが、少女の目の前まで上がってきた。
「とにかく、今は暗闇を出すしか方法はありませんわ。変な真似をしたら、厄介になりかねませんもの」
 少女をじっと見つめ、それならと彼女はネックレス状になっているシルクグリーンのキャッツアイを少女に手渡す。
「お姉さま?」
【ずっとみていたけど、その身体で、その珠を使いこなすにはまだまだ掛かるわ。貴方の体に何かあったら、これを使いなさい】
 少女は少し俯いた。そして宙を舞っている珠に目を向けると直ぐにお姉さま、と呼ばれた彼女に向きなおす。目を曇らせて微笑むと、それをまた取り少女の首に着ける。久しぶりと言える愛しい暖かさが、体中に伝わってくる。
“ずっと、一人だった。やっと、皆に会えた”
「お姉さま……」
【もう、この世界に、時間は無いわ】
 目を見開くが予想していた通りの展開。
「だとしたら、如何してこの世界に……」
 暗闇が落ちたこの景色をじっと見つめる。薄気味悪い風が2人を取り巻く。
 まるで、2人を招いていないように……。
【さぁ。まだ分からないわ。でも、何らかの理由があって、ここについたことは確かね】
「とにかく、あの人を女王にすることは認めない。絶対に」
 語尾が強調され、遠くの町にその目を向ける。
【Lana、覚えておきなさい。私たちが“陰”惑星である限り、“陽”惑星以上の力は出ない】
「何度も聞きましたわ。大丈夫ですわ。それに、女王以外にも、ちゃんとした目的があるのですから」
 すると彼女は微笑んだ。そして町に目を向ける。
 キラキラとした明かりが見え始める。季節関係なく18時半にならなければ光らない塔に明かりが付いたのだ。【キレイ…】と呟く。
「お姉さま、皆様は、あたくしのこと……」
【Lana、あたくし、ではなくわたくし、と呼びなさい】
「あ、は、はい! わたくしの事、何か言ってます? 彼女の時のように……」
【貴方とあの人は訳が違いますからね。変に考えても意味がありません】
 少女は保健室に目を向けた。するとある人物と目が合い、ドキリとする。
 しかし、向こうはこっちに気が付いていないらしく、顔を違う方向へと向けた。内心ホッとする。
【此処は、空気が悪いわ】
 そういって彼女は消えていった。
 一人「確かに……」と呟く少女を残して……

* *

「あ、あれ?」
 不安げに窓に目を移した時だった。瑞希の向いているその方向は、窓の向こう側が廊下になっている。その廊下に突然電気が点いたように明るくなっていった。目の錯覚……ともいえる異様な変化に、脳が混乱した。
「また、何か願ったのか?」
 賢一は音を立てて椅子から立ち上がり、瑞希にそう質問しながら廊下をじっと見た。瑞希はずっと廊下を見続けたまま。
「え、ううん。今のこのピアスに、そんな力ない……」
「そんな事が分かるのか?」
「? うん。付けたとき何となく感じたけど……」
「……」
 無表情でじっと見つめられ、瑞希はそんな賢一を心配げに見つめ返す。そんな彼女を賢一は苦笑した。
「なんだよ、そんな顔して」
「賢一さん、無理しちゃダメだからね? 疲れたら休む。約束して下さい」
 えっと言葉に詰まる。そんな瑞希の言葉に即反応したのは賢一に嵌められている指輪だった。急に輝きを失うと、賢一の体が痙攣し、身体を震わせ、瑞希の体に崩れていった。徐々に重たくなる彼の体。床にすとんと座り込んでしまったが、其れでも賢一は全身を預けている状態で、瑞希は身動き一つ取れないでいる。
「んぐ、ぐ……重……っ…… えーっと……た、武田くん!!」
 向こうの部屋から、手が見える。ゆっくり顔を覗かせる。何だろうと立ち上がり部屋から出てきた。えっと目を丸くして、その光景を目の当たりにする。まるで襲われているように見えたのだ。
 とりあえず困っている瑞希の顔を確認すると、傍に駆け寄った。後々から有川や沙紀が奥から出てくる。
「っと……一体何があったんだ。こいつ」
 無気力となってずっしりと重たい賢一を、大祐は力の限り抱き上げた。
「あはっ……ちょっとね」とニコッと笑う。
 そして再び廊下に目を向けると、先ほどの明るい廊下はなくなっており、重たい暗闇が降りてきていた。
 昼と夜がなくなってしまいそう、と変な感覚が瑞希を不安にさせる。
 しかし、自然とこの暗闇は懐かしさがあった。ずっとあの恐怖が起こってなかったからだろうか。しかし、それだったら「久しぶり、が似合うよね」と苦笑する。
「なによ。一人が不気味に笑って」
「不気味って、ヒドイ……」
 そしてまた、窓の外を見る。何かに引かれる感覚がなくならない。
「瑞希?」
 瑞希は保健室を出ると、廊下を通り過ぎ、廊下の窓から上を見上げる。丁度渡り廊下のようになっている。
 じっと見つめていると、何か光るものが目に付いた。
 吃驚き、瑞希は凝視する。
 その光るものは、微妙に上下左右に動いている。まるで、天体の星が其処で宙を彷徨っているように。
 その傍で、何かが動いているのも、鮮明ではないが見える。
「……」
 何かが光った。何が光ったのか、分からないけれど、見られた気がした。
 いや、見られた、は向こうのセリフかもしれない。向こうは保健室のことを知っている? ということは、私たちのことも知っている?
 瑞希は慌てながらも其処まで読み取っていた。保健室は光が消えている。学校中の光が消えているのだが、中では光っているのが分かる。正体不明のあの物体が保健室と言う場所を探り当てないようにしているのだ。だから外からではほかと全くの同じ暗闇なのである。
 目だろうか、と頭を捻る。
「どうした?」
 背後から大祐が寄ってきた。
「あそこで何か光った……あ、消えてる……?」
 何かが居るというものがもう感じられなくなっていた。光っていた3つも光も既に消えている。

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