陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
15.揺れ動く深恋

 袋から体操着を取り出そうとしていると、その中に乱暴に入れてあったシャツが落ちてしまった。と、同時に、上着までもが勢いよく落ちてきたため、2度手間になってしまった。
 大祐はそれを取ると、ポケットの中に入れてあった指輪があとから落ちてきたのを見て、あっ、と心で叫んだ。
 落ち行く指輪を掴もうとしたが、間に合わなかった。
 カランと音を立てて転がり、別の男子生徒の手に行ってしまった。
「似合わねーモノ持ってんだな、お前」
 一度見ると、すんなりと返してくれ、ほっとした気持ちになる。
「とうとう彼女でも出来たのか?」
「ばっ……な、そんなんじゃねーよ」
「ふーん。ま、俺らにはカンケー無いけどな」
 男子らは着替えを済ませると、身震いをしながら更衣室から出て行った。
 そして、何気なく指輪に視線を送る。
 あの時、彼女に返さなかった。“どうしてか”それが分からないでいる。
 “いつも、一緒に居てくれて。励ましてくれたり、相談に乗ってくれたりしてくれてたから。……うーん、有川ちゃんと同じくらいの存在。ううん。それ以上かな”
 言わば、「沙希は、私にとって、かけがえのない存在」と言っているも同様。
 その言葉と気持ちが頭から離れなかった。
 パソコンルームからすれ違いで現れた彼女。
 あれは自分を探していたのではなく、中原を探していた。
 “大丈夫。奈菜の傍にいてあげて。私は、平気”
「…………」
 耐えられない現状に、思い切り目を瞑る。
「何してんだ、武田ぁ!」
 ハッとして目を開け、出入り口に目を向けると、鬼教師といわれる北野修哉が姿を現していた。
「やっべ……」と小さく舌打ち。
 日頃から彼は問題生徒として見られていると言うこともあり、この教師からはあまりよく思われていない。ジャージの上着を羽織ると、北野の顔を見ないよう注意をしながら、更衣室から立ち去った。
 外では、男子女子が混合でサッカーとテニスをしている。
 大祐は、近くの石で出来た椅子に腰をかけた。以前と違うのは、小林奈菜がいないという事だった。彼は落ち着けるこの環境に、背筋を伸ばしていた。
「武田ぁー! サッカーやろうぜ!」
 一息ついて、「おぉ!」と声をかけると、軽く足を動かし、その仲間のいるところへと向かった。
 サッカーをやっている間も、彼は沙希と瑞希、どちらかを探していた。
 しかし、どこを見渡しても、どちらも姿は無かった。

* *

 保健室で、彼女はじっと立っていた。
 それを見る有川は、ただ黙っているしかない。時折淹れたてのコーヒーを口に入れるが、美味しいと言う味は感じられなかった。
「……じゃ、もう5分しかないし、次の授業に出てくるね」
「えぇ。何か伝言しておくことはある?」
 目を数回瞬きすると「私は大丈夫って伝えておいて」とにこやかに告げる。有川はそんな無邪気とも言える彼女に微笑むと、行ってらっしゃいと見送った。
 彼女が出て行った後、直ぐに沙紀が姿を現し、予想通りと感じると、お互い笑みが零れてしまった。
「どうやら、貴方と瑞希とを一緒にさせたくないようね」
「そうみたい。恵美子、賢一から聞いたら、話せるっていってたわ。私と瑞希の間の問題みたい」
「授業中は如何なの?」
「全く。話すにも話せないわ」
 沙紀は壁に背を向け、靠れるようにして身を預けた。
「私たちとの間で時間が進んだり早まったりしてて。妙よ」
 一息つきながらも話は続く。
「瑞希に近づくとどうなるの?」
「まるで10秒が1秒のように、素通り状態になっちゃうわ。座っているときは、近寄ったほうが、通り過ぎてしまうの」
「……生きてる実感、ある?」
 有川の、茶化しのような質問に、苦笑気味に「無いわね」と答える。
 外から、笛の音が聞こえ、生徒らの声が響く。パサパサパサと靴の音が聞こえると、また笛の音が鳴る。
 あぁ、始まったんだ……と、心でそう思った沙紀。
「体育はどうするの?」
「行こうとしたら、急に保健室に着てたのよ。どちらかしか参加できないみたい」
 近くにある本棚に向かうと、『羅生門』を取り出し、ゆっくりと本を広げた。
 どうやら此処で過ごすようだ。
「出なくていいわけ?」
「2人の誤解を解くチャンスかと、思ってね」
 ウィンクして再び本に目を通し始める。有川は沙紀の言った事が、どういう意味を齎すのか、さっぱり分からないでいた。
 有川は時計に目を向ける。授業が始まって約20分が経とうとしている。
 体育の時間は2時間ある。ずっと居る気だろうか……。そう思いながら、机に山積みにされた書類に手を付け始めると、ボールペンで記入しながら印を押したり電卓を叩いたりといった作業が始まった。
 沙紀はそれを音で確認すると、確実に本に意識を向けた。

 * *

 試験管に手を触れながら、ノートを取る。生徒のありふれた行動だ。
 試験管5本の隣には、エタノール、二酸化マンガンなどと言った実験に使う液体、物体などがあり、瓶に触れては一括表示の内容に目を通すものも居たりしている。
 このクラスも2時間が化学ということで、前半は実験、後半は小テスト。
 黒板に書かれている文字を書きながらも、今まで行った実験の内容を振り返るものも時折。
「じゃ、先生が用意しておいたもののほかにも、必要なものがある。前のテーブルにあるA管とB管、あと、石灰石が運動場側にあるから、一班に4つずつ持っていくこと。今回の実験は、このA管とB管が何なのかを突き止めるからね」
「センセー! また刑事ドラマの見すぎじゃねー?」
「堀川! あんただけよ! ホラ、これ」
 各テーブルにある器具をチェックしながら、担当教員は堀川という男子生徒に半分あきれながら接していた。
 神様の悪戯か、賢一と恵美子は同じグループだった。ボーっとしながらノートを見つめる恵美子。横目でちらちら見ながら賢一は言葉を探っていた。その間に、賢一は器具を組み立てていく。時折教科書とノートを見ながら、組み立て方を確認していく。
「恵美ちゃん、恵美ちゃん」
 隣のグループの女子が恵美子に声をかける。微妙に顔と目を動かすものの、其処から何か変化が表れるわけでもなく。
 自分が近くにいるからなのか、あのメンバーのことがずっと気にかかっているのか。
「恵美子、大丈夫か?」
 顔を覗き込むが、それで拒否する様子は全く無い。自分に対しての行為ではない事に気づく。
 そっと肩に手を置く。其れでも何も反応がない。
 軽く揺さぶってみる。肩より少し長い髪が、パサパサと音を立てる。
「……ごめん。大丈夫」
 非常に顔が悪い。どうしたことか。
「山下? どうした? 気分悪いか?」と先生が現れる。
 しかしまた、恵美子は黙り込んでしまった。
「俺、保健室に連れて行ってきます」
「あぁ。分かった。後の物は静かに実験準備をして、実験に取り掛かること! さっさとはじめる!!」
 賢一は先生の言葉を聞くや否や、恵美子の全ての体を支え、実験室から退室した。部屋から出て数メートル歩いた途端、恵美子は身体の力全てが抜け落ちるように廊下に座ってしまった。賢一は恵美子の様態に驚いて、同じ目線に合わせて腰を下ろす。
「……ぐすっ……んぅ…………」
 賢一は恵美子が泣いているという現実に、驚きを隠せなく、一度身を引く。ゆっくりと生唾を飲み込むと、恵美子の頭をなでながら言葉を探りながら口を開いた。
「お前、泣いてんの、か?」
 返事は無いものの、要らなかった。
「泣くなって。心配すんな」
 そう言って、賢一は恵美子を抱き寄せた。
「ごめんね。勝手に好きになって。賢一の気持ち、読まないままで……」
「……考え過ぎ」
 身を丸くした恵美子の体。少し硬くなっている。全身を包み込むようにして力を入れる。そして、何度も指に髪を絡ませながら頭を撫でる。恵美子の顔は見えないものの、先ほどのような声とは違い、少し元気を取り戻したようで、ホッとした賢一。
「だって、ぇ」
「ばーか。俺はただ、信じられないだけなんだよ。UFOも信じられないし、超能力も信じられない。予言とかUMRとかそう言ったものも、デマだって思ってる。自分の身に起きた事も、人為的なものだとしか思えないんだよ」
 賢一の真剣な目はしっかりとしていて、彼がなんとも無いのだと確信し、安心した。
「あたし、何もかも我侭だから、もしかして迷惑だったのかもって、いつも考えてた。ありがとう。好きになって、良かった。賢一で、良かった……」
 しかし、その言葉は賢一の視野を暗くさせた。そんな賢一の表情に恵美子は不安げな顔になる。
「ふっ。好き以上の関係になれたら、いいよな」
 まだ不安だけれど、少しでも希望が見えただけでも、嬉しいと感じる。
 賢一は立ち上がった。恵美子はそんな賢一を見てゆっくりと立ち上がる。
「保健室、どうする? 有川居るだろうし、行くか?」
「授業は?」
「良いだろ。たまには」
「でも、試験に出る重要な実験だよ?」
「実験自体が試験に出るわけじゃないだろ。それに、中原もきっと保健室に居るだろうし」
「沙紀も?」
 如何してそんなことが分かるの? という疑問を胸に、2人は階段を下りていった。
「……何とかなったみたいだね」
「ちょっと心配だったけど、何とか仲直りできたみたいだよね」
 教室から出た数人は、いつの間にか2人を心配して外に出ていた。なんとも無いことを確認すると、他の男子にも伝えて胸を撫で下ろした事を、2人は知るよしもなかった。

* *

 2人が保健室に入ると、沙紀は薄っすらと微笑んだ。何とか成ったようだと、感じたのだろう。直ぐに目を本に向き直したことは、恵美子だけがわかったようで、賢一は有川の傍までやってきた。
「指輪、貰えるか?」
 もう既に、有川は出していた。淡いグリーンの石を着けた指輪と薄いオレンジの石を付けた指輪の石。
「使い用途は、何かしら?」
「それが無いと、守るもんも守れないしね」
 目を恵美子に向けるが、恵美子は沙紀と話しているため、気づかない。
「くすっ。はい、あんたたち2人で最後よ。後は……奈菜だけね」
「中原や瑞希、武田ももう着けてるのか?」
「大祐はきっと着けてるわ。沙紀もね。瑞希は……どうかしら。一応先が大祐にお願いしておいたらしいけど、何も無いのよ」
 賢一はため息をつくと「そうか」と一言だけ言った。
「何も、ない?」
 沙紀が険しい目で有川を見て、そう言ってきた。賢一はなんだろうと沙紀を振り返るが、有川から離れようとしない彼女。
「渡してないって、事よね?」と非常に困惑を隠しきれない。
「えぇ。発信が無いのよ。あの指輪は人肌に触れる……その決められた人が着けることによって、発信がわかるの」
 しかし、その発信がいつまで経っても来ない。
 自分は確かに武田君にお願いしたはず。自分では何故か渡せないから、貴方から渡して、と。
 有川や賢一、恵美子に頼まなかったのは、少しでも2人の間で深まっている溝を解いて、誤解があれば解消して欲しいと思ったからである。
 まさか、自分の力で瑞希を守ろうとでも? いや、其処まで彼も思ってないだろう。
 では如何して渡してない?
 もしかしたら、渡しているものの、瑞希が意識的に身に付けてないだけ? 付けようとしないだけ?
「大丈夫よ。反応がないって言うのは、瑞希が着けたっていう反応がないだけ。大祐の指輪と一緒だから、きっとそんなに心配は要らないわ」
「渡せるのかしら、全く」
 あの時に渡しておけばいいものを……!
「でも、これであの子がやったとは言い切れなくなったわね」
 皆の視線が有川に向けられる。
 誰の事を言っているのか全然意味が解らない沙紀や恵美子。しかし、有川の独特の意味を含めたその言葉は、奈菜である事を印象付けるのに、そう時間をかけないものだった。
 瑞希と大祐が話すことが出来ない状態なら、奈菜が何らかの理由でこれらのことをやったと言い切れるのだが、瑞希と沙紀が「会う事」は出来ても「話すこと」が出来ない。 しかし、沙希はふと考えた。別に大祐との仲=(イコール)奈菜の仕業と考えると言うのは如何なものか。
 もしかしたら、もう一つの何か理由があるのかもしれない。
 自分と瑞希が一緒にいることで、何かが問題として起こってしまうのではないか。
「失礼いたし……・あら」
 誰もがその声に一瞬で驚く。振り返るとあの時とは全然比べ物にならないくらい元気を取り戻した彼女が立っていた。
「奈菜? もう大丈夫なの?」
「え? えぇ、何ともありませんけれど……」
 奈菜は、一体何がどうなっているのかさっぱりな様子で、曖昧に答えた。
 しかし、その態度、反応が、より一層の疑惑を生み出していた。

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