教室に一人、彼女は白い紙に、其々の名前を書いていた。 それの齎す意味は格別無いものの、とにかく書かざるを得ない感覚であった。 「有川ちゃん、沙紀、賢一、恵美子、武田君、奈菜。この中に、私も……・含めて人間ではないニンゲンを操っている人がいる?」 自分も自分を疑う。賢一、大祐と違い、記憶はあるものの、自分から発せられた力に疑問が浮かぶ。 疑えば疑うほど、自分の場合を考える。 もし、自分が疑われていたら、何て、今更遅い。奈菜からは疑いを向けられているのだから。 疑いを向けることは容易い。しかし、その疑いを晴らすのに、十分の説得が必要となる。瑞希は目をギュッと瞑った。 本来ならいつも沙紀がそばにいてくれる。何でもない、普通の会話をする。それだけで毎日が楽しいと感じていた。もともと人と接するのが苦手な彼女にとって、沙紀という存在は偉大なものだった。 “私は私。他の何者でもない” 自分を好きになれ、とアドバイスもしてくれたほどなのだ。ずっと一人だった瑞希の心。闇の中にいた彼女を優しく掬うように引き上げてくれた。 それから半年以上掛かった、友人関係。最初は意外な目で見られることが多かったものの、それに動揺して如何して良いか分からなかった瑞希を、いつもサポートしてくれた。 次第に異性間でも瑞希は彼女らしさを出しながら関係を続けていた。 疑いをもたれることがどんなに辛い事か、彼女は知っていた。だからこそ、簡単に疑いを掛けることはしたくなかった。 しかし、実際に奈菜に対して疑いを向けている自分がいる。 それは、彼女が自分に疑いを掛けているから。彼女がしているから、自分もしている……? 「何、それ……」 いじめと変わらない? 人がしているから、自分もしている? 結局自分が信じられないから、他人も信じられないのではないか? “信じよう” 例え、裏切り者という存在が現れてしまうとしても。 私は最後まで、皆を信じ続けよう。信じる心が、力になるんだ。 私は、有川ちゃんを信じる。沙紀を信じる。武田君を信じる。賢一を信じる。恵美子を信じる。そして・・・ 奈菜も、信じる! そして、そして…… 自分も、信じよう。 瑞希は紙に書いた事柄全てを消しゴムで消すと、きれいに折りたたんでカバンの片隅にしまった。 皆が疑うから疑っててはいけない。疑っているからこそ、信じる気持ちが必要なのだ、と。
* *
パソコン室から、奇妙な光を見つけ、沙紀は静かに入室をした。 主を見つけると、一息つき「武田君じゃない」と声をかける。彼はチラッと沙紀を確認すると強張らせていた顔を少し緩めた。 沙紀は隣の椅子にゆっくりと腰をかけ、大祐の触っているパソコン画面に目を向けた。ネットで色々調べているらしい。検索キーワードに、“3時15分 光の物体 香坂市”との文字。ウィンドウは7個も開かれている。タイミングよく光った瞬間のもの、光る前の奇妙な夕焼け色の空、光った後の薄い灰色の空。 「信じられないわね。これが香坂市内だけで起きた現象なんて……」 「中原は、UFO信じるか?」 「え?」 突然の質問に、戸惑う沙紀。 「な、何? UFOが来たとでも言うの?」 すると、その沙紀の言葉に答えないままに、幾つかウィンドウの表示を確かめ始めた大祐。そして、ある写真掲載のページに辿り着くと、指で何かを示してきた。 「光る前に、偶々写真家が星の写真を撮ろうとしたヤツ。少し夕焼け色が出てるだろ。その夕焼け色の右上の部分に、奇妙な物体が見える」 疑いながらも、沙紀はその部分に目を近づけ、確かめる。 確かに、何か銀色のオブジェクトが見えないことも無い、と判断する。 次に、大祐は光った瞬間の写真を見せてきた。画面いっぱいに光っているのではないことに気づく。他の写真では、画面いっぱいに光っているのが多くあったものの、これは、あるものの物体から光が放射されていることが分かった。 「最後。灰色の空。この部分……」 次は、なぜか大祐は勇気なさげにそう言って指で示す。 その声色の理由が、沙紀には分からなかった。しかし、映っているマンションのある部分にブルーグレーの色をした発光体。蝋燭の様に、空に向かって燃え上がっているように見える。 「このマンションの住人って、一体……」と、沙紀がふと言葉にした時だった。 「あいつだよ」 「あいつ?」 「藍川、だ」 「えっ」と、聞こえないくらいの声で反応する。沙紀の目はほぼ大祐に疑いを掛けていた。しかし、ディスプレイを見ている大祐の目は、真剣そのものだった。 「それって、どういう……事?」 「わかんねーよ、そんな事。ま、少なくともあいつが発した光じゃない。ただ、如何してこんな奇妙なものが映っているのか・・・」 沙紀は、手の甲に顎を置いた。 「香坂市で光った。その光は、この発光物体と何か関係があるのかしら」 「! 別って言いたいのか?」 「放たれた源は同じかもしれないわよ。でももし2つの光があるとしたら。考えられなくも無いわ」 大祐はそれを聞いて、軽くため息をつく。 「お前らは、そう、如何してそんなに疑問に疑問を重ねて深くするんだよ。よくあるUFOと一緒に例えろよ。色んな形に変化してんじゃん」 沙紀はクスクスと笑った。 そして、ポケットに手を入れ、何か小包を出すと、その中にある一つを大祐の手元に置いた。 次第に暗くなる校舎は、まるであの暗闇を出迎えているようにも見える。 「指輪、いったん返したけど、やっぱり何かがおかしいから、身につけておいて」 「……俺とお前が会えたのは、どうしてだ?」 「わたしがあなたに会う前に、指輪を着けたからよ。あ、これ、瑞希に渡しておいて」 「は? お前が渡せよ」 「何故かは分からないけど、瑞希にだけは会えないのよ。だからもし、貴方が見つけたら、渡して欲しいの」 沙紀はそういうと、指輪の入った小包を彼に渡した。 しかし、大祐は其れでも戸惑いを隠せなかった。沙紀が見つけられないくらいなら、自分だって見つけられないのではないか。 そっと小包を手に撮ると、底を持った弾みで、出口から指輪が音を立てながら床に落ちてしまった。慌てて拾い、戸惑いの目が、沙紀の背中を捕らえた。 不安が行動となり、沙紀を追いかけようと椅子から立ち上がる。 「……中原!」 あと数センチのところだった。 別の人がパソコンルームへと入室してきたのだ。突然のことに、お互いがぶつかり、大祐は倒れなかったものの、向こうは小さな悲鳴を上げながら倒れてしまった。 その瞬間、大祐の目は、驚きしかなかった。 「!」 「ぇ、あ……武田、くん?」 と眉間にしわを寄せる仕草で、彼を見上げる。 「ごめん……なさい」 「あ、いや……」と言葉を詰まらせる。 確かに先ほど沙紀は此処を出て行った。その後すれ違い様とも言えるようなタイミングで瑞希は姿を見せたのだ。 「沙紀、見なかった?」 瑞希は少々不安げな顔で、大祐を見上げる。 大祐は、正直、どういえばいいのか、迷ってしまった。すれ違ったけど、と言って、それが通用するのか。 目の動きが、言い難さを物語っていた。 「中原とお前が、すれ違った……。さっきまで一緒だった」 そう、と聞こえない声で言った。 大祐は俯いている彼女に目を向ける。彼女はそれに気づいていない。 「やっぱり会えないか。さっき声がしてたから、大丈夫だと思ってたんだけど……」 エヘヘ、といつもの笑みなのに、無理しているように見え、困惑を隠せない。 こんな事になる前は、全然喋ることが出来なかったのに、こうして何とも無いように喋られる今、どうして嬉しいという気持ちが迷いに変わっているのだろう。好き、と言えずに、友達に告げてもらい、少しでも進展があるように思えたのに、小林との関係、学園の異変が自分と瑞希の溝を深くさせている、様に……。 「心配か? 中原が傍にいないと」 ハッとして顔を上げる瑞希。そしてフッと笑みを零す。 「いつも、一緒に居てくれて。励ましてくれたり、相談に乗ってくれたりしてくれてたから。……うーん、有川ちゃんと同じくらいの存在。ううん。それ以上かな」 その言葉を聞く大祐の気持ちは、複雑なものだった。 もう一度好きと言ったら、自分から勇気を出して告げたら、もっと気持ちは晴れるのだろうか。 それ以前に、彼女は自分を受け入れてくれるのだろうか。
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私は如何してこんなにも沙紀を探しているのだろう。 ふと過った疑問。足がぴたりと止まった。 有川がいる、大祐がいる、賢一がいる、恵美子がいる なのに、如何して沙紀をこんなに必死になって探しているのだろう。 大祐が現れたとき、心臓が飛び出るほど嬉しくて緊張したのに、心のどこかは全然違っていた。 「どうして、沙紀のこと聞いたんだろう」 自分が自分じゃなくなっていく感覚。 何かが怖かった。 「瑞希?」 その声に気づき、後ろを向くと賢一が歩いて寄って来ていた。 「どうした」 「う、ううん。何でもないよ」 すっと立つと、いつもの笑顔をだす。 「あのなぁ。無理して笑顔作るんじゃねーよ」 「むぅ。無理してないよ」 「見え見えだってーの。ん? なんだ、お前も指輪返したんだ」 「大丈夫じゃないとは思うけど、でも何だか、あまり頻繁にっていうのも」 だよな、と微笑み返す賢一。釣られて瑞希も笑顔になる。 すると賢一は右手を瑞希の頭に乗せ、ゆっくりと撫でる。 「女の子は、笑顔が一番!」 「へ?」 「お前見てたらそう思えた。笑顔が可愛いってな」 瑞希は真っ赤になって俯いた。 しかしその瞬間、賢一は違和感を覚えた。瑞希の傍にいて、如何してこんなに心が変わるのだろうか。 どうにも出来ず、賢一はそっと瑞希の体を腕に包んだ。 「! 賢……一さん?」 「偽りの気持ちで接したって、なんにも出てこねーよなぁ」 「何、どうし……」 すぐに離れ、賢一は瑞希を見ないで教室へと向かっていった。 目をあらゆる方角へ向ける瑞希。何が賢一に起こったのか考えたが、全くわからなかった。 |