陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
13.推測は・・・・・・

 照美ちゃん! 奈菜が……
 恵美子のその一言は、小さな疑問を大きく変えていくことになった。
 “真っ青になって、倒れている”
 まだ学校内は薄暗い。証拠無しの犯人扱いとされた奈菜。その本人が倒れている。意識不明。
「息はあるわね。でも体が氷に近いくらい冷たいわ。どうにかしないと」
 皆が彼女の状態に困惑する。
 一体何があったの? 今頃になってどうして彼女が?
 有川が色々状態を調べていくと、遠くから足音が聞こえた。
 闇化していた廊下が、一瞬で元の状態に戻る。次第に不特定多数の生徒が行き来する廊下へと変わり、有川たちの群れはその生徒らによって大きな群れとなっていった。
「とにかく」ということで有川は保健室で安静の処置をしたが、酷い酸欠と栄養失調の症状が見られ、救急車を呼ぶこととなった。
「奈菜は対象外って事だよね?」と瑞希。
「そう、なるのか……」と賢一。
「それでも、少しおかしいわ」と沙紀。
「おかしいって?」恵美子が勢いよく反応する。
「あんな状態になるほど体力を使うとしたら、今更? って思わない? 仮にも私たちは小林さんに疑いかけていた。でも、事が起こって、彼女の身体には何も起こってなかった。今頃になって体に反応が出るなんておかしいわ。それに、如何してあんな状態になったのかも疑問。彼女が倒れる時間と学校の変化の辻褄が合わないわ」 沙紀が何度も頭を捻りながら、説明する。 有川は廊下を行き来する生徒を気にし、全員もう一度保健室へ行こうと促した。一瞬賢一が保健室へ促す有川に疑いをかけたが、しかし、何かに納得をしたようで、その日は賢一が有川に疑いをかける気持ちを持つことはなかった。

* *

 普通の明るさを取り戻している保健室に、3名の生徒が座っていた。軽い捻挫と擦り傷で、ほか2名は同行。有川は簡単に処置をすると、別室で休んでいるようにと指示した。2名には次の授業が何かを聞き出し、自主学習が出来るように教科書を持ってくるように言う。その後彼女らは次の授業のために教室へ帰っていった。
 場の状況が悪いため、瑞希、沙紀たちは一度自分たちの教室へ戻るという判断をした。
「ねぇ、沙紀」
「何?」
「皆書いてたよね、奈菜が怪しいって」
 えぇ、と沙紀が返答する。「でも、沙紀はさっきの状況がおかしいって言ったよね。時間の辻褄が合わない。身体と指輪の関係のことも有川ちゃんが変だって言ってた」
 瑞希と沙紀の後ろで、大祐が静かに聞いていた。
「だとしたら、奈菜じゃないかもしれない、よね?」
 少し不安げな表情をしながら、沙紀を見る。
「小林さんが指輪を使うところを実際に見たのは、確か1度だけ。初めて暗闇が落ちてきたときよ。でもあの時はきっと指輪が反応していたから、小林さんの力ではなかったと思う」
 沙紀は瑞希の腕を掴み、大祐に小声で「付いて来て」というと、掃除用具入れにしては空間のありすぎる部屋に入った。
「授業は?」
「大丈夫よ。出ない問題生徒扱いされるだけよ。でも別に成績には響かないでしょ?」
「ま、まぁ、ね」
「ちゃんと定期テストで90点以上取っていれば大丈夫よ」
「え……90?」
 その一言に、顔がますます青白くなる大祐。瑞希と沙紀は顔を見合わせる。
「それぐらい取っていれば多少のことは大丈夫って言ってるのよ」
2人が揃って大祐を不思議な目で見る。
「……? ちょっと話し込むけど、行くなら今よ?」
 大祐の目が数秒間泳いでいたが、「大丈夫」という承諾を2人は受けた。

* *

「少なくとも、私たちの目の前では彼女は指輪を使ってないわ。照美さんの言うとおり、使ったら単なる鉄の塊になってしまうから、使えたとしてもほんのちょっとだけ」
「問題は、それ以外のところで、指輪の反応が見られてたって言うことよね? 有川ちゃんが言ってた事はきっとそういうことだよね?」
「人前で使えない何かがあるって事か?」
 うーん、と沙紀が壁に寄れかかる。「何かがおかしいのよ。その何かが――」
「分からないんだよね」
 瑞希はため息とともに言葉を発した。
「なぁ」
 ふと大祐が言葉を漏らす。
「小林って、あんなに自分の性状を表に出すやつだったか? やたらと藍川に当ってただろ? 山下にもかなり当ってたしさ……。絶対変だって」
 瑞希も沙紀も、何も言わないで大祐をじっと見つめる。見つめながら、これまでの奈菜の性格と変化を思い出していた。
「でも、そんな事言ってたら、逆に瑞希も疑われて当然の扱いになるわよ?」と沙紀が大祐を見つめながら話す。「瑞希が発した力も疑問だし、誰かが言ってたわ。恵美子だったかしら、小林さんだったかしら……いつもなら色んな変化に疑問を抱いて活発になるはずなのに、とても冷静だった。人が変わったみたいだったって」
「其処がおかしいっていってるのよ、小林さんは」と沙紀は締めくくった。
「疑うなら、有川だ」
 ドア越しから声が聞こえ、3人が身構える。声色に「賢か?」と大祐が判断する。
「賢一さん、其処からだと皆にばれるよ!」
 瑞希が注意する。
「心配しなくても、誰も来やしねーよ」
「来ないって?」
 沙紀がゆっくりドアを開ける。其処には、天上に顔を上げてたっている賢一の姿があった。沙紀たちは部屋から出ると、周囲を注意深く見渡した。
「あ、全員体育館だ。今日木曜日だから全校集会なんだ」と沙紀に説明する様に話した。
「不思議な静けさだな。暗闇のときとは一味違う、怖さだ」
 皆が廊下に出る。
「ね、如何して有川ちゃんを疑うの?」
 瑞希は賢一の袖を軽く引き、止まるように促した。困惑を隠せない瞳をじっと見つめ、数回瞬きをしながら目を泳がす。
「は――。別に有川だけじゃない。きっと皆を疑ってるよ、俺は」
「恵美子も?」
 賢一が頷く。
「沙紀も?」
「……お前も、な」
 賢一に冷たい瞳を向けられ、恐怖に佇む。「賢一?」と瑞希は不安げに見上げる。しかし賢一は冷たい瞳を向けたまま、瑞希を見据えた。
 賢一は大祐と沙希にも目を向け、そのまま立ち去った。
「何なんだよ、あいつ……」
 最早先輩後輩の関係ではないようだ。

* *

 久々の保健室の木漏れ日は、心を和やかに、穏やかにしてくれる。
 あれから何の変化も無い、そんな日々が続き、あの時のメンバーらは指輪を有川に返還していた。ただ一人、賢一を除いて。
 時折メンバーらは互いを気にしながら過ごす事が多く、すれ違いで保健室を訪れていた。
「あら。さっき恵美子がきてたのよ」
 彼は「ふぅん」とだけ呟く。
「その前は瑞希で、その前が大祐」
 近くにあるいすに座ると、机に置いてある本に目をやり、片手でパラパラとページを捲る。
「あんたの次は沙希か」
「何が言いたいんだよ……」
「少なからず、疑いながらも信用を捨てずにいるって事ね」
「俺は誰も信用しちゃいねーよ。余計な誤解はするな」
「でも、少なくとも3週間、毎日同じ行動をしているわ」
 賢一は目を逸らした。そんな彼を有川は目を細めながら見る。
「お前だけだ。誤解しているのは」
「何が誤解よ?」
 有川は少しムキになりながらも冷静に対応する。手元の書類に目を通し、印を押す。
「明日は揃うんじゃねーか?」
 明日? 揃う?
 有川は目を賢一に向けた状態で、疑問を向ける。依然として賢一の表情に変化は見られない。
「随分と意味深なことを言うのね。何か根拠があるのかしら?」
「……お前、本当に何も分からないのか? 確かに互いの心配もあるだろうけどよ。あんなに一緒にいたはずの沙紀と瑞希だって、バラバラなんだぜ? おかしいと思わねーのか?」
「……あの子達、毎日バラバラなの?」
 有川の顔が少し青ざめる。本当に知らなかったのだと分かると、賢一は聞こえるようにため息をついた。
「でも、教室は」
「最近席替えがあったんだとよ」
「席替え?」
「左の一番前と、右の一番後ろになったとさ。他にもいろんな場面で距離が出来てるらしいぜ?」
「休み時間は?」
「……此処まで喋らせておいて、未だ質問に答えねーと理解できねーの?」
 賢一のイライラが頂点に上ろうとしている。有川は思わず言葉を呑む。
「……お前じゃないみたいだな、本当に」
 戸惑っている有川をよそに、賢一はため息をつく。右手に収めてあった指輪を抜き取ると、静かに有川の手元に置く。
「やっぱり、試してたのね」
「俺は、俺自身が確認できないと、信じないからな」
「指輪の目的は?」
「小林のこともあったから、裏でお前が操作してるんじゃないかと思ったんだよ」
「……それに気づいて何も起こさないっていうことも考えられるのに?」
「お前がそういうことをする動機がねぇだろう」
 賢一は目を伏せて保健室から出て行った。その直後に有川はふぅ、とため息を漏らす。
「まるで、見た目は子供、頭脳は大人ってヤツね」
 と密かに呟くと、軽く苦笑し、賢一の置いていった指輪を手に取ると、それを箱の中に戻した。
 それから有川のところに、誰かが来ることは無かった。
 そう。中原沙紀は来なかった。

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