「やっぱり全ての超常現象は、地球外生命体……」 この言葉に反応したのは賢一だけだった。 僅かに瞳が揺れ動いたのを、有川は見抜いていた。 「その前に、いい加減言ったらどうだ。あんたを疑ってるこっちの身にもなってくれ」 彼の声は、疲労が出ていた。散々精神を使ったのだろう。気力を失いかけていた。 時折恵美子が心配そうに様子を伺っている。有川は少し考え込み、迷いを見せながら口を開いた。 「……実はちょっとした怪奇現象を調べているの。学校医を装ってね。あの奇妙な光の物体のニュース覚えてるかしら。あれに似たニュースを数年前に聞いたの。それからちょっと興味もって、調べてたんだけど、原因は全く分からない。 ある時、デパートの宝石店に行ったとき、その指輪を見つけて、非常に欲が出た。欲しいと言うより、あれがなくてはいけない気がする。今買わないと、間に合わないってね。それから約半年の今、あんたたちに持たせなくちゃいけないって言う何かが、頭の中で聞こえたの。そして、持たせた……」 「ふぅ……ん」 賢一は半信半疑だった。まるでファンタジーを聞いているようで、逆に腹立たしかった。 「嘘じゃないよ、絶対!」 「如何してそう思えるんだよ」と恵美子の、有川に対する意見に反論する。 「あんなに淡々と喋ってる時点で、嘘なんてあるわけ――」 「何れ、こうなる事くらい予測出来てたはずだ。作り話を何度も頭ん中で繰り返したら、不自然も自然になるだろうが」 酷く棘の刺さるような賢一の言葉は、恵美子を小さくさせた。 しかし、次の一言で、賢一は非常に驚いてしまう。 「如何して其処までいうのよ!」 瑞希が発したからだ。普段の彼女ではありえない行動だった。 「私だって有川ちゃんの言葉に全て本当だって思えるかって言われたら、半々だけど、でも今はそういう立場にいるわけでしょ!? 普通では起こりえない現象を、私たちは実感している。何もかも信じろって言わないけど、先ずは受け止めようよ」 瑞希の発言内容に、微笑む沙紀。 「武田君」 「え?」 突然沙紀が自分を呼んだので、慌てて沙紀に顔を向けた。 「出来る限り、瑞希を守ってほしいの」 「……え?」 「離れてはだめ。……ただ、あまり長時間一緒にいることは無いように」 大祐の思考は複雑に絡み合った。 一体如何しろと言うのだろう。守るのであれば、長時間一緒にいるのが妥当だろうし、でも、居続ける事はだめだと。 そして、大祐はある視線に気付いた。 瑞希と奈菜の、外れる事のない驚異的な視線に。 しばらく大祐は黙り込んでいた。
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「藍川」 彼女は気づいていないのか、いるのか、けれど声の主に顔を向けることは無い。 「……瑞希」 瞬間に彼女の目が瞬きをした。驚いて振り向く。 彼の顔は少し赤くなっていて、彼女の顔もつられる様に赤くなっていった。 「…………」 彼女はジッと立ったまま、彼を見つめていた。 「……っあ、ごめん、なさい。ちょっと考え込んでいたから、びっくりしちゃって」 長い沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。彼はそんな彼女に微笑もうとするが、緊張のあまりうまくいかない。 「いや、邪魔して……悪い」 そんな言葉に、彼女は首を振った。 「沙希から、何か言われた?」 その一言で、彼はびくりとした。どうして知っているのだろうという気持ちが出てきた。 「……どうして?」 彼は何とか平然を装った。 「あ、ううん。大した意味は無いんだけど、沙希と武田くんが喋ってるところを見たから。その後、さっき私を名前で呼んだでしょ? だから何かあったかなって」 普段通りの柔らかな顔に戻って、彼はほっと安心した。 「ごめんな。ずっと辛い思いさせてさ」 彼は少し思いつめたように、言葉にし始めた。彼女はゆっくりと顔を上げる。戸惑った彼の顔が瞳に映る。 「小林は、関係ないから」 彼女は一瞬表情が固まった。 その言葉の示す意味とは、何なのか、瞬時には分からなかった。 「俺は、お前を……」 そしてその一言は彼女の気持ちを反対に揺るがすきっかけとなった。 「大丈夫。奈菜の傍にいてあげて。私は、平気」 ふんわりと微笑むと、彼を避けるようにそこから立ち去った。 本当は避けたくない。でも、避けざるをえない。 彼女には分からなかった。そして、きっと周りも分からない。しかし、彼女の感覚が、少しの違和感を持っていた。それの指す意味は分からない。 しかし、“自分は武田くんの隣にいちゃいけない”そう感じたのだ。
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少女は一人、廊下に立っていた。 ゆっくり目を開けると、うっすらと笑みを浮かべる。何も無い床に視線を滑らせる。 「詰まらないわ」 ≪ ? ≫ 「一体、何をどうしたいのよ、あの人……」 ≪オレニムケルナ……≫ 「向けてなんか無いわ。そう聞こえるだけでしょ」 口調は穏やかだった。しかし、表情は険しかった。 「私、急いでいるのよ? 何もかもが元に戻るまでに、せめてあの人だけは……」 しかし、何もかも思い出したその時、全ての力が解放されたら…… いや、あの時点で、既に力は元に戻りつつあった。本人はその力の維持を出来ずにいるけれど、いつかはその力が普通となり、もっと偉大なる力が発揮されるに違いない。 となると、やはり今の時点で…… 少女は首を振った。長いウェーブの掛かった髪が、パサパサと音を立てながら頬にぶつかる。 こういう時にこそ落ち着かなければならない。焦りは禁物。焦るから、正確な判断が見出せない。 ≪ナナ、コノジョウタイヲ、モトニモドシタホウガイイ≫ 光の玉が、いつも以上に真剣な声でナナに話した。ずっと考え込んでいたナナが、ハッとした瞬間だった。 ≪イマノコノジョウキョウハ、カノジョタチニトッテ、イイコウカヲモタラスダケ。チカラヲモドサズ、キオクノミヲモドスヒツヨウガアルナラ・・・≫ 「お待ちになって? 逆にこの空間を作り出さなければ、思い出させるなんて不可能だわ?」 ≪ダッタラ、ヒトツホウホウガアルデハナイカ≫ 「方法?」 少女はこの時になって初めて光のほうに顔を向けた。 ≪アヤツノユビワヲカクス≫ 「…………」 ≪アヤツノチカラハ、イマスベテガ、アノユビワニヨッテヒキダサレテイル。ソノユビワサエコワシテシマエバイイノダ≫ 「だめよ」 その言葉に対する返答は、光の玉が言い終えるか終えないかの早さだった。 「全て、私のやり方で行かせていただくわ。私が!」 私が、次期の、 …………支配者なのだから。 怖くなどない。 怖いのは、あの人の気持ちが手に届かない事……
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「じゃ、有川ちゃんはその実態を調べるために、香坂高校に?」 沙希と瑞希、有川は保健室の、とある場所で密室常態で話していた。 小さなテーブルの上に、あのときに書いてもらった紙を広げて、疑問を一つの紙に全て書いていく。 「そ。まさかあの賢一が疑うなんて思いもしなかったけどね」といい、賢一の書いた紙を渋々と見つめる。本当のことを話すべきだとわかっていても、あの賢一には超常現象の話は何もかも通用しない。しかし、だからといって全てを細かく説明するにも問題があった。 「やっぱり小林さんは瑞希に入れてるわね」 「もう。有川ちゃんがああいうことをいうから、倒れたことが疑わしくなったじゃない」 「あれ? おっかしいなぁ……。ちゃんとフォローしようと」 「あのフォローは看護の意味でしょ? 疑いとしてのフォローがないの!」 「小林さんが瑞希を疑う理由は、そういう不思議があるからではないのよね」 沙紀は背もたれに寄りかかり、腕組みをする。 「武田君の事がある。でも、そこまで瑞希を追及なんておかしいわよね」 「……だから沙紀は奈菜に票を入れたのね?」と埋もれているメモ紙を取り出す。 「当初からおかしかったのよ。何かがおかしかったわ。例えば、小林さんについて考えるときがあった。そしたら彼女のことを頭の中で追求すればするほど、何かの壁に当って、それ以上のことを引き出せなくて、最終的には考えていたことが全て消えてるの」 “まるで、誰かが記憶の操作をしているように……” 「……奈菜、ねぇ。実はね、賢一と本人以外、全員が奈菜を疑っているの」 瑞希と沙紀の目が有川に向けられた。えっ、という驚きと、そういう結果になるかもしれないという予想の入り混じった反応だった。 しかし、瑞希は紙を全部確認した。有川先生もあれば、賢一、恵美子といった文字。 「全部名前違うよ?」 「こっちよ」といって、紙を全部裏に向ける。あっ、と予想以上の結果が書かれていた。 恵美子、大祐、賢一、瑞希、沙紀、有川が其々奈菜の名を書いている。 ・何かと瑞希を悪者扱いしてる。疑いというより、嫌いといった理由になっちゃうけど。 ・単独行動が多い。恵美子も一人になることはあるけど、それ以前に小林が単独行動をする理由が見つからない ・しっかりしすぎている。 ・不思議と落ち着きがありすぎる。 ・私に対する行為が、辛い。疑っているというような言葉とは違うけど、メンバーの中で怪しい人はと聞かれたら、彼女。いつの間にか一人になってる。 「小野君、有川さんのことをあんなに言いながらも、小林さんを疑ってるのね」 目を細め、何度も読む沙紀。 「あら、本当……」 「奈菜は、これらの事実をどう理解するのかなぁ……」 「あの子は既に疑いが自分に向けられていること、知ってるわよ」 え、と聞き返す前に沙紀が口を開いた。 「で、有川さんは?」 有川は沙紀の目を見て、端に置かれている自分の紙を2人に渡した。 ・孤立している ・指輪に反応が多く見られる 「有川ちゃん、孤立は分かるけど、指輪って、普通でしょ?」 「普通に見えるけど、そりゃ、全ての力が指輪から放射されているとしたら、もう既に単なる鉄の塊よ」 「という事は、多少、人間のエネルギーを使っているという事?」 沙紀が疑問形式に有川に話す。 「えぇ。だから身体の弱い奈菜が使ったら、瑞希以上に体力は消耗するし、そんなに立っていられないはずだわ。実際、奈菜の身体を調べたら、確かに安易に体育なんて出来ないの」 「でも、だとしたら、逆に自分に疑いをかけられないように指輪を使わない――」 瑞希が言いかけた。そしてハッとした。 そうか…… その疑問と答えを見つけたようである瑞希に、有川は険しい目を向け微笑む。 「……そう。普通なら使うはずはない。疑いをかけられると、監視モードに入ることくらい想像はつくわ。それでもあえて使っている。身体と性格に合わないくらいね」 |