陰陽の救世主

第1章 学園怪事件
11.向ける目、向けられる目

 その頃賢一は保健室で一人、ジッとベージュのテーブルを見つめていた。しかし、思考はそれとは関係なく、有川に対しての疑問で埋め尽くされていた。
 しかし、一つの疑いが出てきても、それに関して解決の糸口は見つからない。準備が良すぎたとしても、全ての現象に全て彼女が関っているとは思えないからである。ただ、あまりにも差し出された指輪と現象に対する対処が酷似しているのだ。
 それが賢一の、有川に対して疑っていると言う一つの理由だった。
 そして、何かを隠している。
 有川のほかに、疑うべき人物は、考えたくもないが瑞希だった。自分の好きな人を疑う辛さが、非常に賢一の心を冷たくさせる。もし、地球外生命体のウチュウ人がこの世に存在するなら……。
「はっ。馬鹿らしい」
 とは言ってみるものの、その疑問が解消される事はない。
 瑞希の力と、瑞希の着けている指輪の力は、きっと別物だろう。そう考えると、何となく説明はついた。しかし、倒れてしまうという、意識不明の重体に掛かる寸前の状態になってまで、あのような騒ぎを起こす意味がわからない。
 奈菜の言っていた“自分に注目が行くために仕組んだ事”はきっと違う。逆に其処までする理由が分からない。もし仮に誰かの注目を浴びたいがために行われたとしたら、この不可思議現象の説明が出来ない。
「だったら……小林」
 単独行動が目立つ。非常に多い。かなりのナルシストともいえよう。天上天下唯我独尊・・・とまではいかないものの、今までにない行動を考えていたら要注意人物。
 そして、賢一の思考は其処で途切れた。人を疑えば疑うほど、その人物に対しての嫌悪が生じる。それとともに、それを生み出している自分にも嫌悪が出てきている為、吐き気が襲う。
「疑いたくて、疑ってるわけじゃねーよ……ったく」
 部屋に一人。自分に向かって吐き捨てるように呟く自分。
 まるで、自分だけが別世界にいるような感覚。
「好き……だ」
 咄嗟に出た言葉に戸惑う事もなく、長いすに横たわり、深い眠りについてしまった。

* *

 暗闇に閉ざされた廊下。最初は恐怖だったこの空間も、早くももう慣れてしまったようで、淡々と歩く有川と沙紀。
 しかし、何時何が襲い掛かってくるかわからないと言う未知の瞬間もある。
「瑞希、連れてくるべきだったわ」
「何かと危なっかしいものね。でも大丈夫よ? 恵美子が付いてるだろうから」
 チラリと沙紀を見ると、いつもと変わらぬ表情。ジッとまっすぐ先を見つめている。
「あの時より、暗闇の濃度が下がったわ」
 沙紀は持っていた携帯で時刻を確かめる。しかし、時間は止まったまま動こうとはしない。
「時間を止める事に、どういう意味があるのかしら……」
「偶々時間が止まっただけのことじゃない?」
「有川さんって、本当単純なんだから」
「だっ……んぅ。どうせ単純よ、私は」
 有川はある一つの教室の扉に手をかける。右ポケットに入れておいた鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。奥でシャンという音が聞こえ、ロック解除される。ゆっくり開けようとするが、ビクともしない。鍵が通じない。
「鍵の問題ではないみたいね。でも如何してここの鍵を?」
「いつも使ってるのよ。部活の顧問としてね」
 そういって鍵をしまうと、Uターンして再び保健室へと戻る。
 ふと何かを感じたように、有川は窓の外を見る。如何して気づかなかったのだろうとハッとする。
「窓を開けなくても景色が見える?」
 有川は、近くにあるはずの時計塔を探す。香坂高校の近くに遊具があり、丁度この学校に向かって時計が見えるように作られている。
「あ、あった。時計、動いてるわ」
「6時半ね」
「みたいね。暗闇になった時間が確かー……覚えてる?」
「全然。突然起こりましたからね……え?」
「でも、こんなに明るいのに6時半っておかしいわよ?」
 有川は空の明るさに疑問を寄せる。
「有川さん、時間、明確ではないようよ」
 あそこを見て、と沙紀は指を指す。それは大型スーパーに掲げられている、2つの駐車場にあるデジタル時計と、もう一つ北側にある温泉旅館に掲げられているアナログ時計。ぼやけて見えるが、確かに其々時刻が違うのだ。沙紀は何か嫌な予感を察し、急いで携帯を取り出す。
「動いてるわ……」
 34分だったのが52分へと。
「ただの闇ではないみたいね」
「ちゃんとした意味がありそうね」
「どの時間を頼りに動いたらいいのかしら……」
 パチンと音を立てて携帯を閉じると、不気味ともいえるその時間のあってない時計を其々見つめる。
 2人に吐き気が襲った。
「時間は気にするなって言いたいのかもね」
 それか、と有川は続ける。しかし、沙紀は言葉を遮った。
「時間を見つめなおせ、か」

* *

 カラカラカラと、ゆっくり戸を開ける。誰もいない保健室……かと思いきや、先客が近くで寝ていた。
「賢一……」
「賢一さん、ここに居たのね」
 廊下を彷徨っていた恵美子を、偶然にも瑞希が見つけ、一緒に帰ってきたのだ。
 恵美子が、眠っている賢一に近づく。そして目尻についている“痕”を見つけると、恵美子は切なくなり、痛んだのだろう胸に両手を当てる。
「賢一、きっとあたしたちが感じている以上に、色んな疑問を見つけては背負ってるんだよね。いっつもそう。そんなに考える必要がないのに、いくつも疑問を見つけては、自分だけで解決しようとする。あたし、分かってたつもりだったんだけど、全然サポートが出来なかったんだ。何でも状況だけで判断してさ」
 恵美子の指が、賢一の前髪を優しく撫でた。その行為に、瑞希は2人の間の愛しい気持ちを感じ取り、胸が苦しくなった。
「賢一の考えてる事を聞こうともせずに、自分の疑問ばっかり押し付けて、ごめんね……」
 そしてその時思った。
 きっと自分も疑われているだろうと。有川ちゃんが疑われるなら、きっとどこかで私に対する疑問も生じるはず。
 瑞希は疑うことはしなかった。簡単にいうなら、問題を問題として感じ解決させようとする意思や意欲がなかったのだ。全て自分が解決方法を“相手から聞く”と言う事しか、していない。それで良いのだろうか。
 それで事が上手くいくのだろうか。
 2人を残し、瑞希は保健室を出た。
 タイミングが良いのか悪いのか、大祐と奈菜が並んで保健室に向かってきていた。
 2人とも、瑞希の存在に全く気づいていない。瑞希は近くの階段廊下へ隠れた。
「如何して最後に彼女が出てくるの」
「…………」
「普通でしたら、今、あたくしが疑っている人を真っ先に出して質問するはずですわ。……でも、それが貴方の、彼女に対する真の想いなのでしょうね」
 奈菜とは思えない、大祐への憎しみがこもった発言だった。
 声を聞いただけでも、それは分かった。いつもだったら嫌われたくないと言う思いの元、彼と接していたからだ。しかし、今の彼女にはその心配や不安要素が全くない。
 瑞希は冷たいコンクリートの廊下に座った。シューズの摩擦で起こる音を出さないように注意した。そして、再び2人を見つめた。
 美男美女。
 まさしくその言葉が似合うほどの存在感のある2人。一方がどんなに冷たく引き離しても、また元に戻っている。やはり自惚れだったんだ、と脱力する。
 いつから彼に対して恋心が芽生えてた?
 いつから彼の傍に集まる女子に嫉妬を感じていた?
 どうしてこういう結果がくることを予測できなかった?
 恵美子さんには賢一さんがいる。有川ちゃんはいつも沙紀と一緒。武田君は、冷たいながらも奈菜と一緒にいる。
 私は、仲間はいるけれど、“自分だけの人”はいない。
 学校で起こったこと、自分に向けられる疑い、誰かを疑ってしまう気持ち、揃わない仲間の気持ち。
 自分は、一体如何したら……
「瑞希?」
 頭上から声をかけられる。顔を見て確認しなくても、それが沙紀であることはわかった。
「沙紀……」
「何? それより如何したの、そんな括弧して……」
「私には、誰がいるの?」
 沙紀の質問に答えることなく瑞希は質問を返した。それに反することなく、沙紀は目だけで瑞希の言葉を引き出した。
「沙紀には有川ちゃんがいる。武田君は奈菜に対して冷たいけど、それでも一緒にいる。恵美子さんも賢一さんと一緒……私って、どこに行けばいいのかなぁ」
 沙紀の横に立っていた有川が、瑞希の顔の位置と同じくらいまでに腰を下ろした。
 沙紀は、瑞希の座っている壁越しに目を向けた。其処には恵美子、賢一、奈菜、大祐が集まっている。
「3人で一つでしょ? 私達」
「え……」
 ゆっくりと、顔を上げる、優しい目をした有川が瑞希をじっと見ている。ポンと頭に手を置き、優しく撫でる。
「それに、今はそれぞれが一つになってないからバラバラになってるだけ。でも皆、ちゃんと一人ひとりを心配しているのよ」
「私と瑞希、照美さん。3人で一つも悪くないんじゃない? 別に2人で一つなんて思うことないわ」
 有川が瑞希に向かって手を差し出す。微笑む有川に釣られて、瑞希、沙紀が笑顔になった。
 そして保健室への廊下を歩いていると、その扉付近にメンバーが立っていた。
 賢一、恵美子、大祐、奈菜。「あっ」と恵美子が声を出す。
「びっくりしたぁ! 急にいなくなったから今から探しに行こうと思ってたんだよ?」
 駆け寄って瑞希の両肩を掴むと、恵美子のホッとした柔らかな笑顔が目に入った。賢一と大祐が駆け寄る。初めての、自分に向けられた大きな心配が、非常識ながらも嬉しかった。
 しかし、それより後ろに立っている彼女だけは違っていた。
 無表情の中に、何種類かの冷たい視線が瑞希に向けられている。
 しかし瑞希はその瞳をまっすぐに受け止める。
 こんなにも、奈菜から冷たい視線を向けられた事はなかった。
 嫌われている、と、以前は思っていたが、嫌われると言うものではないと感じたのだ。
 何かに対する、ライバル心。挑戦状のようなもの。けれど、それが如何して今になって向けられるのか。
 この時、初めて瑞希は奈菜を疑った。
「瑞希」
 有川は、瑞希の何かを感じ取り、軽く肩を叩いた。
「無理しなくていいんだからね。その分自分を追い詰めてしまうようになって、自己嫌悪に陥ってしまうこともあるんだから」
「有川ちゃん……」
「先ずは、仲間を見つめなおすことよ」
 有川はそういって、室内に入っていった。

 中には、有川を冷たい目が捉えていた。
 正直、辛さを感じた彼女だった。

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