自然に目が覚め、一度ようやく動かせる頭で周囲を確認する。 近くにいるはずの有川と沙紀の姿がなく、瑞希は自力で起き上がると、ベッドから降りた。 まだ日中とはいえ、学校内は暗闇の中である。 ふと保健室にある時計に目を向ける。 14時35分……ちょっと過ぎた頃。そう思いながら、何か違和感を感じ、じっと時計を見つめる。そう、周りがとっても静かなのだ。何かがおかしいと、瑞希はその何かを探ろうと考える。 そして再度時計を見る。 「っ! ……時間が、流れてない?」 時計の故障なのか、それとも、時間が止まっている中で自分たちがこうして動いているのか。 いや、もしかしたら、この空間はまだ夢から覚めてないのかもしれない、とも思える。しかし、自らの動作が、思いのままに行える。そして、胸を締め付けられるような恐怖に身体が震える。 「じゃ、一体、この空間は何なの?」 「……ぉっ、ぅ……るのか……」 遠くで、何かが聞こえた。瑞希は何者かが来た事による恐怖より、此処に一人でいることによる恐怖のほうが強かった。 冷たい足音が駆け足で近づいてくる。 ザッとカーテンが開かれ、その瞬間に瑞希はビクッと驚く。 「瑞希……起きたの」 姿を見せたのは奈菜だった。思わず息を呑む瑞希。奈菜はじっと見つめた後、「大丈夫?」と声をかけてきた。曖昧に「うん」と頷くと、その後ろに続いて沙紀と有川が顔を見せた。奈菜が瑞希に手を差し伸べると、「ありがとう」と小声で呟き、立ち上がった。
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「一人かと思った……」 「ちゃんと私と沙紀がいるから、安心しなさい」と微笑む有川。カーテンの向こう側に行くと、ココアを入れたカップをお盆に乗せ、それをテーブルに置く賢一。傍には大祐がいる。何かしら資料の本を1ページ捲ってはじっと読んでいる。 「もう30分は経つわ。私、ちょっと見てくる」 沙紀が有川にそういうと、「気をつけて」と声をかけ、沙紀を見送った。 何があったの? と聞く前に、奈菜が瑞希に近寄る。 「恵美子さんが姿を消したわ」 瑞希の目が見開く。奈菜は軽く鼻息をつくと、近くの椅子に座った。 「瑞希、座れよ」と賢一が促すが、何があったのだろうと、彼女の視線はドアの向こうに向けられたままだった。 そして仕方なく座ると、それを確認した賢一がチョコレートを差し出してきた。瑞希が頷くと同時に、ロングヘアーがサラサラと落ちる。ポケットに手を入れ、ゴムを取り出し、軽く結ぶ。 賢一はその光景をじっと眺めていた。 「怖くなって帰られなくなったのかもしれませんわね」 その一言に賢一も大祐も奈菜に目を向けた。奈菜はじっと大祐だけを見つめている。 瑞希はさっきの一言の意味を理解できず、困惑の表情でいた。 「本当、瑞希じゃなくて、本当は恵美子さんだったのかもしれないですわ。あたくしが瑞希に対してあんなに言っただけのことですのに、あんなに怒りが出てしまうなんて。もしかしたら何かで自分がやったこととされるのが怖くなったのかも」 「何が言いたいんだよ、お前。さっきから何度も、何度も」 賢一の怒りは徐々に高まってきた。 「真相を突き止められることに対しての恐怖ですわ」 「真相、真相って言うけどな、お前の言うことが100パーセント正しいって言うのかよ!?」 賢一は拳を握り、テーブルに当った。ガシャンという食器の音が響き、一部がひっくり返ってしまった。 「誰もが真相を突き止めようとした言葉を発しないだけです。調べるだけで、誰も何の情報も交換なさらないでしょう? 一体何処まで分かっているのです!」 「そういうお前は調べてるのかよ!」 「ええ!」と賢一と奈菜は強烈に睨み合う。 「だから言いましたでしょ? 瑞希が怪しいと!」 思いもよらぬ言語に、瑞希は頭を真っ白にさせる。 「え?」 右隣にいる奈菜を見るが、賢一を見たまま、動こうとしない。 「言いましたわよね? 全てが怪しいと。こんな大げさな演技騙され……」 「いい加減にしろよ……」 憎しみこもった声色。一瞬にして鳥肌が立ち、我に返る奈菜。目だけ動かす賢一。ますます事の異常についていけず、困惑を隠せないでいる瑞希。 「てめぇ、さっきから聞いてると、人のせいだの、怪しいだの……。お前だって十分に怪しい。普段で歩かず、静かにいるやつが、急に単独行動しやがって。俺はお前が一番に怪しいと思うけが?」 すると別人になったかのように、奈菜は困惑の表情と化した。好きな人に向けられるものが、憎しみというものに、胸を締め付けられるような感覚が生じる。 「答えろよ。どうなんだよ。俺の中間報告だが?」 「はいはい。もうその話は止めなさい。奈菜も、その口、どうにかしなさい」 有川が個室ベッドのある部屋からようやく姿を現した。近くに座っている奈菜の頭を撫でようと腕を持っていったのだが、予測されていたかのように、擦れ擦れのところを右腕で撥ね退けた。席を立つと、また保健室から出て行ってしまった。それに動じる姿勢はなく、有川は私を見下ろした。 「平気?」 身体の事だろうと察知した瑞希。 「うん」 「奈菜、ずっと貴方を犯人呼ばわりしてるのよ。如何にかならないかしらねぇ……」 「仕方ないよ。だって……」と言葉を呑んだ。 その先に出てくる言葉は、彼女を否定するものか、肯定するものか。 しかし、否定も肯定もない。誰かがやってないと言えども、それを確認できた人数は少ない。奈菜や恵美子のように単独行動をしているものにとっては疑い深い。また、数人の行動だとしても、暗闇の中だ。小さな仕草を見つけることは、難しい。 誰もが「やってない」と言えたとしても、「やってない」に「確実な保障」は付かないのだ。 しかし、人間の出来ることではないことは確かである。 急に暗闇と化したとき、誰もがこの異常事態に恐怖、驚きを露にしていた。地球外生命体と言ってもおかしくないニンゲンが現れ、自分たちを襲ってきた。その時助けてくれたのが、有川から渡された指輪。その指輪も、瑞希の祈りによって暗闇が消え、通常の明るさを取り戻した。 その直後、彼女は意識不明。今回も精神と体力をかなり消耗したため、約5時間もの間眠りから覚めたり体を動かす事が出来なかった。 何もかもが、謎めいた事柄。 賢一は、残りのココアを口の中に入れると、一息ついた。
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沈黙する保健室に、個室からようやく出てきた沙紀を、瑞希と有川が確認した。 賢一はずっと俯いたまま動こうとせず、大祐も起きてはいるものの、ずっと何かを考えているようだった。 沙紀は、残りの空いている椅子に座り、また彼らと同様、じっと机を見つめたまま動じる事はなかった。 「なぁ、俺ら一体、どこからどうやって……」 賢一は其処までしか言えず、また黙り込んでしまった。その言葉の意味と結末は、全員が理解していた。 “どの謎から、どのように調べたらいいのか” 簡単そうに思えて、かなり難しかった。暗闇の正体が分からない。指輪の力の理由も分からない。一人ひとりの備わっている力も謎。また、如何して“自分たち”なのか。 「全てを1から解決しようとするとだめよ。一つ一つ、順を追って調べていきましょう」 沙紀はそう言って、紙とシャープペンをそれぞれに差し出した。不思議に思っている事柄、疑問の数々を、書いて行き、それらを集計して、一体どれほどの謎があるのかを調べた。 「最後に、疑っている人物を書いて。あくまで個人判断」 「書いて、如何するんだよ……」と賢一が煩く睨む。 「疑っている理由も勿論書いてね。なんとなくや、嫌いだからっていう理由は当たり前として書かないこと」 「…………」 沙紀の言いたいことは、賢一は十分に分かっていた。しかし、それを書くことで、逆に自分自身も恐怖になる。 自分に疑いを向けられていないとは言い切れない。 誰かが書かないとしても、心の奥底では、自分に疑いがかけられている可能性が高いからだ。 酷く悩んだ末、仕方なく、そのものの名前を書いた。 “有川” 「…………」 しかし、賢一はそこで動きを止めた。沙希の、本当の狙いが見えないからだ。一体、これらを書いてどうするつもりなのだろうか。 それに、有川と書いたとしても、もう一人気になる人物がいることも忘れていない。だから、余計、2人が仕組んだことかもしれない、とも感じてしまう。だったら2人とも書けば……。 1人だけ、とは言ってない。
理由、準備が良すぎる。絶対に何かを隠している。 |